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2005年5月16日

アヤックスの戦争―第二次世界大戦と欧州サッカー

アヤックスの戦争■原題:Simon Kuper "Ajax, the Dutch, the War: Football in Europe During the Second World War", orion 2003
■著者:サイモン・クーパー著,柳下毅一郎訳
■書誌事項:白水社 2005.2.10 ISBN4-56004970-X

■感想
サイモン・クーパーの書くものは絶対に面白い。彼は世界でもトップクラスのサッカー・ジャーナリストで、特に「政治とサッカー」「歴史とサッカー」が得意。昔オランダ語で書いたものを英語版で増補改訂した2003年の著書ということで、特別アヤックスが好きなわけではないが、即買う。

私はナチズムにはいささか食傷気味なのではあるが、イギリス、フランス以外の諸外国の対応というものには目を向けたことがなく、被占領地域の戦時下の状況について初めて知ることも多かった。ポーランドのユダヤ人大虐殺は有名だが、オランダの数も相当なもの(ユダヤ人口の四分の三)だったことに驚かされた。と同時にデンマーク人の国をあげてのユダヤ人庇護はすごいなと。有名なアイヒマン裁判を描いた著書「イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」が本書の中でも参考文献としてあげられていて、ハンナ・アーレントは敷居が高かったが、この際読んでみようかと思わせる。

1930年代に急激に盛り上がったヨーロッパ大陸のサッカーだが、その国際交流が盛んになったのはナチの親善外交によるものだった。さらに、被占領地域において戦時下の数少ない娯楽がサッカーだった。イタリアはファシズム対反ファシズム、スペインは国内での地域間抗争等様々な要因があるのだが、全体的に戦前戦後で盛り上がったことは確かだ。ワールドカップが始まったのが1930年だったし。

アンネ・フランクを屋根裏にかくまったのも、裏切って密告したのもともにオランダ人。オランダ人と言えば合理的で節制家で知られるが、日本人の自分としてはその臆病さ故に多少シンパシーを感じないこともなかったんだが、ちょっと考えてしまう。

アヤックスが未だに「ユダヤのチーム」と呼ばれ、星印の旗がひらめくようなクラブなのに、何故戦前戦後の時代、クラブとユダヤ人とのかかわりを否定しているのか、それがこの本の最大のミステリーである。行ったことのある人は、サッカーファンなら一度はあのアムステルダム・アレナには行くべきだと言うのだけれど、チケットはソシオだけなのでリーグ戦は入れないそうだ。CLのツアーとか、あればそっちに行くのだが。

それから、この本を是非小野伸二くんに読んでもらいたい。フェイエノールトの応援がそんな反ユダヤ的なものと知っているのかどうか。そんなもんなんだなぁで流しているんだろうな、きっと。

全体的には著者本人がユダヤ人のわりに感情的にならず、冷静な文章だが、内容的にどうしてもジェノサイドが入るため、胸をつかれる部分もある。しかし、思わず吹き出してしまう一言もあって、とても楽しかった。ジェノサイドにあったオランダのユダヤ人は、親兄弟や親戚のほとんどをなくした。「あのとき自分がこうしていれば誰それは助かったのに」とか嘆き続けたり、孤独感にさいなまれて苦しんだあげくの涯てに自殺なんかしないで、戦後はとっとと結婚し、ガンガン子供を産み、他の民族はあてにならないので一生懸命働いて経済力を得た…というくだりがとても好きだ。とてもタフな民族で、それだけで愛すべき人たちだと私は思う。