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英米文学

2015年7月15日

新装版 レズビアン短編小説集 女たちの時間

新装版 レズビアン短編小説集1998年に刊行され、長らく絶版になっていたものが、今年になって復刊された。レズビアンという言葉から想起する性愛に密接な作品ではなく、ここでは広義の、女性どうしの交流や愛情、女性性にとって重要な短編を集めたもの。解説によると「レズビアン連続体(Lesbian Continuum)」という言葉の定義「ゆたかな内面生活の共有、男の専制に対抗する絆、実践的で政治的な支持の与え合い」を利用。「漠然としすぎ、また非性愛化されすぎと非難されているものの、歴史的に女性間の交流をたどりつつ、その多様性を描き出そうとする」短編集となっている。

マーサの愛しい女主人/セーラ・オーン・ジューエット
両親の面倒をみていた末の娘が行き遅れて独身のまま歳をとってしまうことはよくあること。ハリエットが35歳というのが絶妙だ。彼女の若い従姉妹ヘレナがたった一度だけ訪れたことが若い女中マーサにとっては一生を捧ぐに価する愛情の始まり。こういう物語でハッピーエンドはなかなかないな。

ライラックの花/ケイト・ショパン
修道院の中での出来事がとても美しい物語なだけに、ラストが悲しい。ライラックの花が気持ちを狂わせる...。「時をかける少女」はラベンダーの花の香りをかぐとタイムスリップをしてしまう。ライラックってアメリカの古い時代を想起させるのは「ゴールデンライラック」のせいかもしれない。この小説はフランスのものだけれど。
パリで愛人にちやほやされている女優が、まるで物のない部屋で清純な修道女たちに囲まれて過ごす2週間で心が洗われて、また生きていけるというのも、皮肉なものだなと。よくわかるけれど。

トミーに感傷は似合わない/ウイラ・キャザー
複雑な人間関係と交錯する感情をあっさりとした筆致で描いてはいるが、「感傷」というタイトルにあるように、ロマンティックでもなんでもなさそうでいて、とてもロマンティックな物語。これは西部を舞台にした宝塚か少女マンガか。実写でもなんでもいいから映像で見たい。

シラサギ/セーラ・オーン・ジューエット
この小説のどこがレズビアン...?と一瞬思ったが、そうか、この狩人の若者を選ばずにシラサギ(自然)を選んだことで、シルヴィーは異性愛を避けた、あるいは男性の世界へ組み込まれるのを避けたわけだから、広義のレズビアン小説に入るのか、と納得。でいいのかな?

しなやかな愛/キャサリン・マンスフィールド
短い。掌編というべき一編。高級ホテルなのかと一瞬錯覚した。

ネリー・ディーンの歓び/ウイラ・キャザー
少女時代に愛した友人の懐古録だが、よくあるそれになってないのは、三老婆の存在のおかげか。最初は口うるさい婆さんたちかと思ったが、特にミセス・ダウは、運命論者ではあるものの、苦労も多かったであろう年長者にしてはポジティブ。
不本意な結婚ではあったが、ケチで口うるさい、マッチョな夫から守ってくれたのは、他でもない姑。かわいい娘にも恵まれ、姑の愛情に支えられ、ネリーがとても幸せに過ごしたのだということがよくわかる。こも作品では、女性同士の関係は全て良いものとして捉えられられている。一方で、男は、ミスター・ディーンの父親としての愛情は良いが、事業に失敗したマイナスがあるし、それ以外はどうしょうもない。不実だったり、ケチだったり、頑固だったりする。
この中で「背中」が二度出てくるが、何かわけがあるような気がする。なんだろうな?

至福/キャサリン・マンスフィールド
これはちょっとよくわからない作品だった。好きな女性と心が通じ合い、シンクロしたと感じると、夫へ欲望が湧き上がる...という話なのだろう。そういうこともあるのかもしれないけど、ピンとこなかった。この三角関係はバーサだけが報われないことになるんだろう。

エイダ/ガートルード・スタイン
ガートルード・スタインとアリス・B.トクラスはレズビアン・カップルとしては私には長い間一つの象徴的な存在だ。これはアリス・B.トクラスがガートルード・スタインと暮らし始めた時の話。アリスは家族と別れなければならなくなり、その時の葛藤が描かれている。

ミス・オグルヴィの目覚め/ラドクリフ・ホール
戦争で働き場所を得て、勇敢に活躍しても、終わればその場を離れ社会に戻る。それは男性も同じだが、戻った社会に場所がないのが当時の女性。第一次世界大戦の頃。
「目覚め」が古代の頃の前世が目覚めたっていうのはちょっと意表をついた。
女性が戦争を喜ぶのは違和感があるが、やはりどうしてもこの頃は、そもそも「女性が活躍する社会の場所」がないために男の場所に入り込んでいくよりほかなく、だから、レズビアンと言えばマニッシュな方向へ行かざるをないことがわかる。「孤独の井戸」を読んでみたい。

存在の瞬間―スレイターのピンは役立たず/ヴァージニア・ウルフ
おそらくこの短編州の中で一番大事な作品なのではないだろうか。ヴァージニア・ウルフはモダニズム文学の重要な作家だし、もちろんフェミニズムやレズビアン文学の観点からも多く語られている。
実際はバイ・セクシュアルとして生きた作家、というイメージがあって、文学的な影響力は圧倒的に女性から得ているのに、夫への愛情はある、というその辺のバランスの取り方がおもしろいなと思っていう。

ミス・ファーとミス・スキーン/ガートルード・スタイン
この作品を翻訳で読んで、原文を読みたくならない方がおかしい。

無化/デューナ・バーンズ
ここに出てくる白痴の子供って、今でいうところの自閉症児なんだろう。おとなしそうな子供だけれど、描かれ方としては天使のようなふわっとした印象。男性的、意志がはっきりとしている女性と、年若く弱い夫。この女性以外は夫も娘も弱者という位置付け。育児が女性の足かせになっているということなのだろうか?お金持ちなのだから、育児放棄してもいいように思うのだが、ちょっとわからない。

外から見た女子学寮/ヴァージニア・ウルフ
女子寮、女子大が女性によるコミュニティとしては理想的なものであることをヴァージニア・ウルフは知っていたのだろう。野次馬根性的な見方ではなく、あくまでも内側から描いているのに、あえて「外から見た」としているところが皮肉っぽいなと思った。

女どうしのふたり連れ/ヘンリー・ヘンデル・リチャードソン
これはレズビアンの性愛が明確に表現されている作品。女性は支配的な母親との間に問題をかかえ、精神的にはとても愛情のある男性がいても、その男性との肉体関係に困難をもっている。年上の女性を頼り、苦しみをあらわにする。この短編集の中では初めてと言っていいほど、赤裸々な悩みだと思う。

あんなふうに/カースン・マッカラーズ
しっかりした人だったのに、男性によって「女性」になってしまって、感情を振り回されている姉を見て、あんなふうになるなら大人になりたくないという少女の思いをわかりやすく描いている。ちょっとした短編映画のような作品。

なにもかも素敵/ジェイン・ボウルズ
ジェイン・ボールズらしい、タンジールを舞台にしたと思われる作品。イスラムという異文化の出会いを女性との駆け引きに使っている。ポール・ボウルズとは作家としての関係はともかく、お互いに同性愛者でいながら、良好な関係を貫いた理想的な夫婦ではある。また、ゲイやレズビアンにとっての理想的なコミュニティを主催し維持し続けた功績もあるだろう。

空白のページ/イサク・ディーネセン
婚礼の夜に使用したシーツが汚れていることが純白の証。ポルトガルの貴族につたわる伝統で、これを晒すことが処女であったことの宣言となる。その後は一度も使わない。この婚礼のシーツをつくった修道院では、切り取って額に入れて飾られる。シーツにはその持ち主の女性の名前が添えられていて、何らかの物語が描かれている。その中に一枚だけ白いシーツがある。これは何か?新しい物語に参加するためのものか。何を象徴しているのか?女性に押しつけられた純潔性の否定か。簡単な解釈はできない。こんな作品がラストにおかれてるのも、粋だなと思う。


■目次
「マーサの愛しい女主人」Martha's Lady/セーラ・オーン・ジューエット(Sarah Orne Jewett)
「ライラックの花」Lilacs/ケイト・ショパン(Kate Chopin)
「トミーに感傷は似合わない」Tommy, the Unsentimental/ウイラ・キャザー(Willa Cather)
「シラサギ」A White Heron/セーラ・オーン・ジューエット(Sarah Orne Jewett)
「しなやかな愛」Leves Amores/キャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield)
「ネリー・ディーンの歓び」The Joy of Nelly Deane/ウイラ・キャザー(Willa Cather)
「至福」Bliss/キャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield)
「エイダ」Ada/ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)
「ミス・オグルヴィの目覚め」Miss Ogilvy Herself/ラドクリフ・ホール(Radclyffe Hall)
「存在の瞬間―スレイターのピンは役立たず」Moments of Being: 'Slater's Pins Have No Points'/ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)
「ミス・ファーとミス・スキーン」Miss Furr and Miss Skeene/ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)
「無化」Cassation/デューナ・バーンズ(Djuna Barnes)
「外から見た女子学寮」A Woman's College from Outside/ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)
「女どうしのふたり連れ」Two Hanged Women/ヘンリー・ヘンデル・リチャードソン(Henry Handel Richardson)
「あんなふうに」Like That/カースン・マッカラーズ(Carson McCullers)
「なにもかも素敵」Everything is Nice/ジェイン・ボウルズ(Jane Bowles)
「空白のページ」The Blank Page/イサク・ディーネセン(Isak Dinesen)

■書誌事項:ヴァージニア・ウルフほか著,利根川真紀訳 平凡社 2015.6.1 384p ISBN978-4-582-76815-2(平凡社ライブラリー)

2013年10月 2日

トリステッサ/ジャック・ケルアック

トリステッサ/ジャック・ケルアックケルアックの作品はちまちま読んでいたらいけない。一気に読まなければ。幸いこの本はあまり長くないので、集中すればすぐ読み終わる。あまり考えずに、リズムを楽しまなくてはならない、そう思っている。

ケルアックがメキシコ・シティで出会ったジャンキーな娼婦を聖女のように扱い、ロマンチックにプラトニックにあがめているが「愛している」の一言も言えない。自分の都合で帰国して、なかなか戻って来られないでいて、1年後にもうボロボロになったトリステッサに再会する、というお話。

実際にはプラトニックでも何でもなく、その辺は比較的最初の方に「自分の性欲の深さを云々」という記述がある。何の約束もしてやらない。何の言葉もあげない。ケルアックはどの土地でもいつでも身勝手な男で、同じ女として見ればそこに腹が立つもののが、人として見たら、その自由勝手さが好きだったりするのだ。

意外と印象的なのがこのトリステッサの部屋の乱雑さだ。土間なのか、ベッドの周囲、あるいは上に犬猫ならまだしも、鶏がうろうろしていたりする。ブニュエルの映画「忘れられた人々」に登場したメキシコの貧しい家の様子の影響を受けているのではないかと、解説で指摘されている。

自分はビートジェネレーションの他の作家を読まないのであまり「ビート」として好んでいるわけではないが、無視しているのでもない。ただ、彼の放浪の話を聞きたいだけだ。「どうしてそんなバカなことを?」「でもなんておもしろい」と。

まだ全部調査したわけではないが、ケルアックの作品をできれば再度執筆順に読み直したいと考えている。実際に体験した時期の順でもおもしろいだろうとは思う。

■書誌事項
著者:ジャック・ケルアック著,青山南訳
書誌事項:河出書房新社 2013.8.30 176p ISBN978-4-309-20628-8
原題:Tristessa, 1960 : Jack Kerouac

■目次
第1部 震えつつ、けがれずに
第2部 一年後......
解説(青山南)

河出書房新社「トリステッサ」

作品邦題原題執筆年出版年対象時期
海は我が兄弟The Sea is My Brother19422011 
Orpheus Emerged1944~452002 
そしてカバたちはタンクで茹で死に(バロウズとの共著)And the Hippos Were Boiled in Their Tank19452008 
町と都会The Town and the City1947~4819501935~46
路上On the Road1948~5119571946~51
ピックPic1951~691971
ジェラルドの幻想Visions of Gerard1951~5219631922~26
コーディの幻想Visions of Cody195219591946~52
ドクター・サックスDoctor Sax 195219591930~36
夢の本Book of Dreams1952~6019601952~60
地下街の人びとThe Subterraneans195319581953
マギー・キャシディMaggie Cassidy 195319591938~39
ダーマ書Some of the Dharma1954  
トリステッサTristessa195519601955~56
メキシコ・シティ・ブルース(poetry)Mexico City Blues19551959 
黄金永劫の書(poetry)The Script of the Golden Eternity19561960 
オールド・エンジェル・ミッドナイトOld Angel Midnight1956~591973 
荒涼天使たちDesolation Angels1956~6119651956~57
達磨行者たち/禅ヒッピー/ジェフィ・ライダー物語The Dharma Bums1957?19581955~56
孤独な旅人Lonesome Traveller,short story collection1960  
ランボーRimbaud1960  
ビッグ・サーの夏Big Sur196119621960
パリの悟りSatori in Paris196519661965
ドゥルーズの虚栄Vanity of Duluoz1966~6819681939~46

(確定情報ではありません。調査中)。

2012年9月29日

君の誕生日は来て、過ぎた/ポール・オースター

Coyote No.47めでたく復刊した『Coyote』No.47に早速、柴田先生訳のポール・オースターが掲載されていた。これは「Winter Journal(冬の日記)」と題したこれまでの人生で出会った女性達を書いた2作目の自伝の中からの一篇だ。

ポール・オースターにとっての大切な女性と言えば、シリ・ハストベットとリディア・デイヴィスとお母さんだろうなと思う。これは、そのお母さんのことを書いた短篇だ。若いうちに結婚した1度目の結婚の子であり、彼女にとっては長子であったオースターはその後の彼女の人生をずっと見つめていくことになる。彼女の人生はいろいろと山あり谷ありで、母親に失望させられることもあったようだ。しかし、小さい頃に深い愛情に包まれ面倒をみてくれたことや、一緒に遊んでくれたことは彼の人生にとって大きいことだったのだろうということが伺える。少し大きくなっての野球チームのつきそいと活躍は印象に残っているという話から、親にとってはしんどさの方が比重の高い「スポーツチームのつきそい」は子供にとっては意外に大事なことなんだなと思い知らされる。

ご祝儀のつもりもあったのだが、短い一篇だけれど、このためだけに『Coyote』を買う価値はあった。「Winter Journal」が翻訳されるのは、順番通りにいくとまだまだ先だが、いつまでもお待ちしています>柴田先生。

Your Birthday has come and gone by Paul Auster. Autumn 2011
「Coyote」No.47 スイッチ・パブリッシング 2012.9.15

2012年9月27日

ブルックリン・フォリーズ/ポール・オースター

ブルックリン・フォリーズ"人生で大きなものを失った男"、"死んでいてもおかしくはないほどの状況に陥った男"の再生物語第3弾。「幻影の書」は家族を飛行機事故で亡くした男、「オラクル・ナイト」では重い病気からなんとか治ったばかりの男だった。主人公のネイサンは肺ガンから復活したが、妻とは離婚、仕事は辞めざるを得なくて、生まれ故郷のブルックリンに越して来たところ。そこで甥のトムに偶然出会うが、これも将来を嘱望された文学研究者だったのが、一時はタクシードライバーにまでなっている。ダブル負け犬である。そして二人は、一時は完全に負けたものの今は多少は復活しているハリーという古書店主と出会う。この三人の負け犬話が物語の前半を占めていて、なんだかどんよりしている。

それを打開するのがルーシーという9歳の少女だ。彼女が登場して一気に物語は転がり始める。ルーシーのおかげなのか、「愚行の書」なるものをつけるほど"愚かな"人生だったネイサンが変わり始め、次々にやってくるトラブルを解決し、周囲の人を幸福にしていく姿は爽快ですらある。ハリーのために忠告し、詐欺師を恫喝して蹴散らし、甥にふさわしいパートナーを見つけ(偶然も手伝うが)、姪を救い出しに行き(彼女を捜すことが出来たのはかつての同僚というコネがあったからだ)、姪とその子の住まいを見つけ、姪のカウンセリングを行い、娘の精神的な危機を救い...と、負け犬がその豊富な経験を生かして素敵に復活する。もちろん、中には破滅してしまう人もいるのだが...。

「緋文字」の偽原稿の話は昔一時流行ったジョン・ダニングの古書ミステリーものを思い出す。LGBTの世界(ルーファスの表記はドラッグクイーンでもドラァグクイーンでもいいのか)、古典的なアメリカのクルマでの旅、新興宗教、モラハラ&セクハラ...豊穣な物語世界をさまざまなモチーフが彩る。

オースターがブルックリンの街を描く文章はいつも素晴らしいが、今回特に印象に残ったのがこの一節。

白、茶、黒の混ざり合いが刻々変化し、外国訛りが何層ものコーラスを奏で、子供たちがいて、木々があって、懸命に働く中流階級の家庭があって、レズビアンのカップルがいて、韓国系の食料品店があって、白い衣に身を包んだ長いあごひげのインド人聖者が道ですれ違うたび一礼してくれて、小人がいて障害者がいて、老いた年金受給者が歩道をゆっくるいゆっくり歩いていて、教会の鐘が鳴って犬が一万匹いて、孤独で家のないくず広いたちがショッピングカートを押して並木道を歩き空壜を探してゴミ箱を漁っている街。

人種だけでなく、さまざまな階級、国籍、性的アイデンティティの人が混在している街。これを"豊かさ"と言わず、いったいなんと呼べばよいだろう。

本書の明るさは、「9.11以前」であることから来るのだろう。この次は、どんな作品になるのだろう。まだまだ残ってます。それと、今年自伝が出ているようだ。


著者:ポール・オースター著,柴田元幸訳
書誌事項:新潮社 2012.5.31 331p ISBN978-4-10-521715-0
原題:The Brooklyn Follies, Paul Auster 2006

「幻影の書」
「オラクル・ナイト」

2012年7月24日

21世紀の世界文学30冊を読む

21世紀の世界文学30冊を読む/都甲幸治著移民あるいは移動する人達が作り上げた作品を多く取り上げた海外文学案内書。『新潮』に連載されていた「生き延びるためのアメリカ文学」をまとめたものだ。

英語で書かれてアメリカで出版された、アメリカ文学を世界文学と呼ぶことの暴挙について、詳細は学者の方々お任せしたいと思う(たくさんの書評が出ている)。"世界のマーケットを意識して、あるいは(ハ・ジンのような)政治的な事情で英語で書いている様々な国の出身の作家の作品を集めているのだから世界文学である"という「はじめに」に対して、納得できる部分とどうしても違和感をぬぐえない部分の両方を感じる。スペイン語やポルトガル語を母国語とする人の数など、詳細に把握してから言うべきだと思うが、言語の分布図における英語の占めるパーセンテージに対する認識がなんだか一方的過ぎるのではないか?スペイン語やポルトガル語以外の言語を使う必要性を感じない環境に相当数の人がいるが、完全にマーケットから外すのは明らかに変だなと思う。おそらく、世界中の文学という意味で「世界文学」を使っているわけではないということなんだと思うが...。

で、やはり最初からこれは「世界文学だ」と意図して書いた連載ではなかったようだ(下記『新潮』の対談にある)。今やっている『新潮』の「世界同時文学を読む」なら「世界文学」と名乗ってもおかしくないし、そのまま書名になってもあまり違和感はない。

『新潮』2012年7月号の「アメリカ文学は世界文学である」という著者と柴田元幸氏の対談も読んだが、タイトルは煽りに過ぎず、本書の意図をきちんと教えてくれていた。「権力から遠いところにいることの悲哀を、嫌でも感じずにはいられなかった三年間に感じとったことが、出自的にマイノリティの人たちが味わった苦難を理解するうえで、かなり大きく働いていることは、読んでいてすごく感じました。」(柴田先生談)。

書名に版元によるマーケ的な匂いがして少し残念だが、とても役立つ嬉しい書評集だ。

読んでいる本もあるが、未訳で読んでみたい本もある。なんと言ってもロベルト・ボラーニョ「南北アメリカのナチ文学」、それからダニエル・アラルコンの「蝋燭に照らされた戦争」。カレン・テイ・ヤマシタも何でもいいから読みたい。
そして訳があるのに読んでいない本もある。アレクサンドル・ヘモン、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ...。前からこの辺は読みたいと思っていた。

学生のときに、他学科専門である英米文学の講義を取ったら、新進気鋭の助教授(今はない職種)が、翻訳も出ていない最新のSF文学について語ってくれるという、至福の時間だった。英米文学科はご存知の通り、本気で勉強する気のある学生は1割もいないので、講義中私語でうるさかったため、他学科である我々がいつも一番前に座っていた。彼の講義の価値をわかっていない学生を哀れに思いながら、楽しく講義を聞いていた。数年後、その講義で紹介してくれた作家の翻訳が出て、先生の先見の明に感動したりもしていた。

以来、翻訳されていないような新しい作家の本を紹介してくれる人には、とりあえず感謝の念を込めてついていくことにしている。『ユリイカ』で連載していた安藤哲行先生、『新潮』で連載していたこの本(現在も継続中)、そして松本健二先生にどこかの文芸誌で連載して欲しいなと思う。ラテンのかなり新しいところを突っ込んで下さっている。編集者の方、お願いいたします。

■著者名:都甲幸治
■書誌事項:新潮社 2012年5月30日 250p ISBN978-4-10-332321-1

■目次
はじめに
I
1 オタクの見たカリブ海――ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(他に「ハイウェイとゴミ溜め」がある)
2 切なさのゆくえ――ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』
3 ミニマルな青春――タオ・リン『アメリカンアパレルで万引』(「イー・イー・イー」がある)
4 南米文学を捏造する――ダニエル・アラルコン『蝋燭に照らされた戦争』(「ロスト・シティ・レディオ」がある)
5 アメリカに外はあるのか――ジュディ・バドニッツ『素敵で大きいアメリカの赤ちゃん』(「空中スキップ」「イースターエッグに降る雪」がある)
6 心の襞を掴む――イーユン・リー『黄金の少年、エメラルドの少女』(他に「千年の祈り」「さすらう者たち」がある)
7 沈黙の修辞学――マイリー・メロイ『どちらかを選ぶことはできない』
8 文明の外へ――ピーター・ロック『捨て去ること』
〈コラム〉天才助成金

II
9 お笑いロサンゼルス――トマス・ピンチョン『LAヴァイス』(翻訳多数)
10 オースターの新作が読みたい!――ポール・オースター『写字室の中の旅』(翻訳多数
11 命を受け継ぐこと――ドン・デリーロ『墜ちてゆく男』翻訳多数
12 引き延ばされた時間――ドン・デリーロ『ポイント・オメガ』(2013年に都甲幸治訳で水声社より刊行予定)
13 監獄としてのアメリカ――フィリップ・ロス『憤慨』(翻訳多数
14 世界の始めに映画があった――スティーヴ・エリクソン『ゼロヴィル』(元になった短編は「モンキービジネスvol.2」に収録)
〈コラム〉作家への道

III
15 サラエボの幼年時代――アレクサンダル・ヘモン『愛と困難』(「ノーホエア・マン」がある)
16 アメリカの内戦――アレクサンダル・ヘモン『ラザルス計画』
17 心の揺れを捉える――チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『なにかが首のまわりに』(「アメリカにいる、きみ」「半分のぼった黄色い太陽」「明日は遠すぎて」がある)
18 外国で生きるということ――ハ・ジン『すばらしい墜落』「狂気」「待ち暮らし」「自由生活 上」「自由生活 下」がある)
19 もう一つの日本――カレン・テイ・ヤマシタ『サークルKサイクルズ』(「熱帯雨林の彼方へ」<絶版>がある)
20 動物としての人間――J・M・クッツェー『悪い年の日記』(翻訳多数
21 さまよえるファシストたち――ロベルト・ボラーニョ『南北アメリカのナチ文学』(「通話」「野生の探偵たち」がある)

〈コラム〉英語圏の雑誌あれこれ
IV
22 バカの帝国――ジョージ・ソーンダーズ『説得の国で』(「短くて恐ろしいフィルの時代」がある)
23 熱帯の魅惑――デニス・ジョンソン『煙の樹』(ほかに「ジーザス・ザ・サン」がある)
24 いてはいけない人々、いってはいけない言葉――リン・ディン『偽の家』(「血液と石鹸」がある)
25 これは小説ではない――リディア・デイヴィス『嫌なこといろいろ』(「ほとんど記憶のない女」「話の終わり」がある)
26 認識できない恐怖――ブライアン・エヴンソン『遁走状態』(2013年に新潮社より刊行予定。すでに「居心地の悪い部屋」に2篇収録されている)
27 他なるものに出会う――ジム・シェパード『わかっていただけますよね』(「14歳のX計画」がある)
28 ノスタルジーの国への旅――マイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』翻訳多数
29 B級小説の快楽――ジョナサン・リーセム『あなたはまだ私を愛していない』(「銃、ときどき音楽」「マザーレス・ブルックリン」「孤独の要塞」がある)
30 街のにおい――ダン・ファンテ『安酒の小瓶 ロサンゼルスを走るタクシードライバーの話』(「天使はポケットに何も持っていない」がある)
〈コラム〉アメリカ・イギリス・アイルランドの文学賞

[特別収録]訳し下ろし短篇
 「プラの信条」ジュノ・ディアス著/都甲幸治・久保尚美訳

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