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2011年10月27日

ブエノスアイレス食堂/カルロス・バルマセーダ

ブエノスアイレス食堂「猟奇的」とオビに書いてあったので、その辺は覚悟しつつ読み始めるが、のっけから衝撃。すぐに話が変わり、ほっとして読み進めるが、時折ちらちらと彼=セサル・ロンブーソの影が見えると、少々身構えるような感じになってしまう。

気を取り直そう。この作品の内容は白水社のページを見た方が早いので省くが、アルゼンチン移民の年代記なのだ。面白くないはずがない。前世紀から約四代にわたり、母系を軸として受け継がれていく食堂の物語。最初は船乗りの双子の兄弟。順風満々だったのが、突然の死。叔父とその子供達が引き継いでいく間にも戦争があり、戦後の軍事政権があり。夫が死んだり、レストランが焼かれたり、夫婦で殺されたりと波瀾万丈ながら、なんとか生き延びていく食堂。料理人たちはみな料理に情熱をもつ気持ちの良い職人たちばかりだ。

そして、この食堂がビストロなのだけど、実際は結構高級なイタリアンレストランなのだ。マル・デル・プラタへ休暇でやってくるような要人や富裕層が大勢やって来るようなお店だが、庶民も来店している。料理が主役の文学作品は好きだ。「バベットの晩餐会」「赤い薔薇ソースの伝説」「柘榴のスープ」などが瞬時に思い起こされる。食材や調味料の大量の言葉を浴びてすっかりうっとりとしてしまった。

アルゼンチン移民史と料理史。この二つで充分おなかがいっぱいなのに、その上「猟奇的」と来られたら...。

セサル・ロンブーソという人物の心理はほとんど出てこない。当然のことかもしれない。彼は生まれついての狂人なのだから。彼の心理はわかるはずはない。だから、余計に不気味なのだ。彼の時代に来る前までがみんなわかりやすい人物ばかりなのだが、不気味なのはセサルだけではなく、叔母や叔父という人物がやはり少々薄汚れた感じが否めない。これが一気に変わっていくわけではなく、流れの中にセサル・ロンブーソの生い立ちも入ってきたりするので、なんだか南の島でジョーズがひそかに現れるような気配を感じつつ読み進めていった。

「アルゼンチン・ノワール」はみんなこんなに怖いのか?著者の他の作品、あるいは最近のこの分野の作品に興味はそそられた。

■書誌事項
カルロス・バルマセーダ著,柳原孝敦訳
書誌事項:白水社 2011.10.25 227p ISBN978-4-560-09018-3 (エクス・リブリス)
原題:Manual del canibal : Carlos Balmaceda, 2005