最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2007年1月14日

石の葬式

石の葬式ギリシャの山あいの寒村が舞台。時代はおそらくは1960年代で、一応自動車なんかも走っており近代化の波は押し寄せているのだが、日本と同様とりのこされる集落はあるということ。短篇集の体裁はとっているが、登場人物と舞台が重なるので、連作に近い原題は「ささやかな悪事」あるいは「ささやかな不道徳」といった感じか。ニキフォロのような大きな罪を犯す者もいれば、イェラスィモ神父や医師のような小市民的な罪を犯す者もいる。さびれていく地方の厳しい現実を描いた物語‥などではなく、ユーモアもあり、不思議な話もあり、なかなか面白い。短篇のわりにほとんどの話に安易な結末がつかず、ひねりがきいているところがよい。
「地震」が文学の大きなテーマになる国って、実はあまりない気がする。「チリの地震」(クライスト)くらいしか記憶がないが、日本人としては親しみやすさを感じる。ギリシャは地震が多いんだろうな。

テオ・アンゲロプロスの世界って、こんな感じなのかなと思った。やっぱりDVD BOX買おうかどうしようか。迷う。

■原題:Little Infamies : Panos Karnezis, 2002
■著者:パノス・カルネジス著,岩本政恵訳
■書誌事項:白水社 2006年8月10日 302p ISBN4-560-02747-1
■内容
石の葬式:大地震が起きて墓地が崩れ、過去に葬った棺桶が飛び出して来る。その中に白骨ではなく石の入った棺桶があった。イェラスィモ神父が追求するが、村の人々は語ろうとしない。いきついたところは村はずれに住むニキフォロという男のの信じられない罪だった。‥最後復讐を果たしたかのように見えて、娘たちを罪人にしなかったオチはなかなか秀逸。

ペガサス号の一日:地方をまわる私設バスに一人の女が乗り込んでくる。バスの運転手と車掌は義理の兄弟で、なんだか腐れ縁な感じ。一昔前のアメリカン・ニューシネマやドイツのロードムービーを彷彿とさせる。

神の思し召し:遠縁の遺産相続で引退した競走馬を得た男の話。地方の無知な男の気の毒な話なのだが、男がナイフで自分をバカにした地主を刺し殺そうとするあたり、ラテン・アメリカのマッチョな世界を感じる。ちゃんと女が止めるところがいいのだけれど。スズメバチの動きがなんだか薄気味悪い。

預言者エレミヤ:年金を受け取る事務所で長年申請を繰り返して来た老人が息を引き取る。いきなり現代文学によくある不条理劇の世界。

海辺のクジラ:他の短篇にも頻繁に出てくる村のカフェの店主クジラは元は重量挙げの選手だった。店に来るサファイアという女をくどいているのだが、彼女にはレツィーナという男がいる。まっとうに生きているクジラくんの方が良いと思うんですが。

野獣の日:地主がいかに不正に現在の土地を取得したかという話が出てくるが、このあたりに内戦が影をおとしている。

サーカスの呼びもの:腰から上は人間だが、腰から上は馬という不思議な動物がサーカスから抜け出したがっている。ケンタウロスとメドゥーサが普通に出てきて普通に会話をしているところが、ギリシャっぽい。

老嬢ステラの昼下がりの夢:旅の音楽師がステラのやっている村で唯一の宿屋にやってくる。それなりに宿屋は繁盛しているし、足りない分は家庭菜園でなんとかしのいでいる老嬢の悩みは不眠。この不眠が治る、幻想的なお話なのに、最後に現実的なオチがついて、ちょっとな‥と思っていると、それが「四句節の最初の日」につながっていく。

消えたカッサンドラ:少年はいつだってイイオンナに翻弄されてしまうわけですよ。

汝、癒えんことを願うか:イェラスィモ神父は主教を呼ぶためにこれまで何度も難しい交渉を重ねてきた。やっと成功したので、主教一行を迎える準備を始める。神に仕えている身でありながら、とてつもない俗人であるイェラスィモ神父の大活躍ぶりがおかしい。アレクサンドロの生涯はどんなだったのだろう‥と思わせる。

医者の倫理:何度も登場する村の医師・パンテレオンが主役。彼は医者の免状はもっていないが、こんな寒村に正規の医者なんか来るわけがないので、皆の役に立っているのでいいんじゃないかと。もう老人だが娘盛りの患者に結婚を迫られる。前の話でも出てきた嫁探しに必死になっている肉屋のところかパンテレオンのところか、いずれかに嫁に行けと義父に迫られているからだ。パンテレオンは気の毒に思い、いつもこの義父に処方している薬に髑髏のマークのついた薬を混ぜるのだった。

永遠の生命:よそから来た女が村人たちの写真を撮る。写真に撮られると永遠の生命を得るという伝説はどこにでもあるのだなぁと。

古典の勉強:ネクタリオという村役場に勤める真面目な男がインコを飼って言葉を覚えさせようとする話。ギリシャの古典を覚えさせようとする、そのインコの名前はホメロスというギリシャらしい話。

収穫の神の罪:村の一大イベントであるお祭りの話。最初に男が死ぬ話が入っているが、これは「四句節の最初の日」の続きか?村が干ばつになり、村長は自分たちが食べるのもやっとなので、娘を肉屋に嫁にやることにする。もちろん娘はそれを知らない。ギリギリになって雨が降って、その話をキャンセルにしたが、肉屋は村長を許さず、殺されてしまう。それにしても、この肉屋はもてません。

いけにえ:娘を殺した大切な種牛を息子とともに殺した男の名前がディオニュソスですか。父親が悲しんでいるのに、息子がひたすら牛を殺したことを自慢し続ける。父親は悲しんでいるが、それは妹を殺されたからなのか、牛を殺さざるを得るなかったからなのか。少年にとっては妹の方が大切だったが、父親にとって大切なのが、妹よりも牛であることを父親に認めさせないためなのか、必死で喋り続ける。

冬の猟師:道に迷った猟師たちが村に迷い込む。村人たちは銃に怯え出て行って欲しくて、いろいろと親切にしたり、びくびくしたり。そんな様子を見て少しずつ調子づいた猟師たちは‥。老人が多いとは言え、相手が武器をもっているからと言え、人数で多いのだから、戦えばいいのに。村にはもうそんな気力もなくなっている。

応用航空学:自分で羽根を作って飛ぼうとする男の話。突然イカロスの世界だ。飛ぼうとするのが教会からだったり、つけた羽根が飛べない鳥であるガチョウというオチもいい。

四句節の最初の日:「老嬢ステラの昼下がりの夢」でステラを騙したアリストは男色の看守長をたらし込んで刑務所を出る。これはちょっと長めだが、とても緊迫感のある一つのドラマに仕上がっていて、完成度が高い。

アトランティスの伝説:村がダムになる計画はずいぶん前からあったのに。村の最後。