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2006年10月 5日

ティンブクトゥ

ティンブクトゥナ■原題:Timbuktu by Paul Auster, 1999
■著者:ポール・オースター著,柴田元幸訳
■書誌事項:新潮社 2006.9.28 ISBN4-10-521711-9 207p

■感想
1999年の作品なんである。7年もかかったのか。「スモーク」や「ルル・オン・ザ・ブリッジ」は発表されて即翻訳されたのに。「トゥルー・ストーリーズ」「タイプライター」はあったものの、ちゃんとした長篇は本当に久しぶりなんである。もちろん、洋書読めば良いのだ。けど、柴田訳で読みたいのに、オースターに飽きちゃったのか、全然やってくれない。他の若手の翻訳ばかり出していたかと思ったら、自作で小説とか書いちゃったりして、イライラが募っていたところに、ようやく出た。ともかく、出たことだけはありがたい。が、もう2000年に入ってから小説4本出てるんですが。どんどん訳してくださいよ。
The Book of Illusions, 2002
Oracle Night, 2003
The Brooklyn Follies, 2005
また今年もなにやら出たらしい。Travels in the Scriptorium, 2006

本書は犬が主人公なのだが、日本版の装丁だけ、何故かかわいい犬なんである。本当はむさくるしい犬の筈なのに。愛犬家を狙ったというか、まぁタイトルも変てこりんだし、売るためには仕方がないだろう。前半はずっと長い間パートナーだったウィリーの死にゆく姿と回想、後半はウィリーを失ったミスター・ボーンズが様々な旅をする。短いわりに、いろいろなことが起こる冒険で、コンパクトでおもしろく読める。

ミスター・ボーンズのパートナーだったウィリーは、まるでブコウスキーやジャック・ケルアックのようだ。春から秋にかけて放浪し、冬に母親のいる家に帰って物を書きためているているというとおろが、特にケルアックみたい。少し時代は後になっているが、ウィリーが1960年代~1970年代のヒッピーカルチャーを代表するとしたら、ディックとポリーのジョーンズ夫妻は1980年代から1990年代の豊かなヤッピー?というわけでもないが、アメリカの中流家庭の代表のような豊かな家庭だ。真ん中のヘンリーは移民社会のアメリカらしい緩衝地帯のようだ。

ティンブクトゥとは、西アフリカのマリ共和国の都市である。砂漠の中にあってなかなかたどり着けないため、「異国」や「遠い土地」の比喩として使われるようになり、本書では「天国」を指す。

ウィリーは結局恩師のミセス・ビーと逢えたのだろう。あれはミスター・ボーンズの夢ではないと思う。孤独で貧しいけれど、自由に好きなことをしたウイリーの方がポリーより幸せだなと思う。美しい芝生のある家は愛しているけれど、夫は愛していないポリー。裕福だけれど不自由で、ウィリーとは真逆なんだが、孤独である点がウイリーと共通する。だから、二人ともミスター・ボーンズを必要とした。犬を求めるのはやっぱり孤独な魂なのだなというお話。

それにしてもディックみたいな男は大嫌い。独善的で一方的でケチくさい。仕事に出たがる妻に家を買ってやってそれでいいにしろ、みたいな感じがありあり。パイロットだから優秀なんだろう。実行力もあり、誠実で良い夫で良い父親なのだが、プライドが高く、他人は支配するものであって、尊重するものではないというタイプだな。

ポリーとディックの仲が決定的なことになる前に唐突に物語は終わる。引っ張ってもしょうがないか、とも思うのだが、少々物足りない気がどうしてもする。アリスをもっと出して欲しかったなぁ。的を得た発言をずばっとするクレバーな子供は気持ち良い。なんか、こうちょっと少しフラストレーションが残る。

だから、早く次を訳して欲しいわけですよ、柴田先生に。