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2013年4月 3日

アンデスのリトゥーマ/バルガス=リョサ

アンデスのリトゥーマ長年、なぜ「アンデスのリトゥーマ」は邦訳が出ないのか疑問だった。同じ人物が主人公の「誰がパロミノ・モレーロを殺したか」1992年に出ているし、「楽園への道」(2003)ですら出たのになと思っていたら、ようやく2012年に刊行された。

リトゥーマはおなじみの登場人物で、これで3回目の登場になる。まっすぐでいい男だと思う。山岳部=アンデスというのは、自然環境が人間に厳しく、暗く救いようのない物語になりがちだ。そこを救っているのが、助手トマスのロマンチックな恋物語である。

アンデス山中奥地のインディオの村ナッコスに赴任しているペルー治安警備隊のリトゥーマ伍長が助手のトマスと行方不明になった3人の男たちの消息を探る。口のきけないペドロ・ティノーコ、アルビノのカシミーロ・ワルカーヤ、道路工事の現場監督のデメトゥリオ・チャンカの3人である。リトゥーマは捜査をしていたが、一向に真相がわからない。本部より指示があって過激派に襲われた近くの鉱山へ出向き、教授と呼ばれる外国人と出会ってアプや生け贄の話を聞く。ナッコスに戻る途中で山津波(山崩れだと思われる)に出会い、九死に一生を得る。最終的には、証拠はないものの、リトゥーマは3人に何が起こったか知ることになる。

リョサの小説はほとんど常にいくつかの物語が錯綜して語られる。大枠は3本となる。

  1. 3人の男が行方不明となった現在のナッコス。
  2. トマスとメルセデスの恋物語。少し前。

  3. 上記二つの線はずっと継続しているが、以下の物語は出入りがある。
    • マチュピチュへ行く途中のフランス人の新婚夫婦の受難。
    • ペトリート・ティノーコの物語。
    • アンダマルカの人民裁判。
    • ダルクール夫人の受難。
    • アルビノのカシミーロ・ワルカーヤの物語。

    • 最後に、以下の物語が分断されて入る。
    • アドリアーナの語るピシュターコ、ティモテオ、ディオニシオとの物語。(→ギリシャ神話がモチーフ)

私が一番気持ちをやられてしまったのは、ペドリート・ティノーコの物語だ。口のきけない少年は南米のこの厳しい環境で、親もいないのにどうやって大人になり、生きていくのだろう。村の人たちの役に立つことでなんとか生き延び、ビクーニャに受け入れられ彼等を見守ることで平和に暮らしていたのに。政治は否応なく彼のような人物にもふりかかる。ペドリート・ティノーコを何故トマスが連れて来たのかという告白を聞いたときのリトゥーマの怒りは、彼がまっとうな人間であることをよく現している。そしてまた、リトゥーマはペドリートに対してと同じように山棲みのインディオたちの辛い生活にも思いを馳せ、暗い気持ちになる。


「ピシュターコ」は悪魔とか人さらいとか訳されるかと思う。インディオの人間の血や脂肪を取り、都市住民や外国人などに売って蓄財する伝説はペルーには実際あるのだということが、2009年に現実の事件として発覚したことにより自分にもわかった。

ペルーという国は海岸部の開放的な土地、アマゾンのジャングル、アンデスの閉鎖的な山々、近代的なリマのような都市とさまざまな土地があり、バルガス=リョサがその至るところを描いているのだが、やはりどうしてもアンデスの物語は恐ろしいものにならざるを得ない。だからあまり人気がなかったのかもしれない。それで邦訳が後回しになったのかもしれないとは勝手な推測だが。

ともあれ、これでバルガス=リョサの小説で邦訳が出ていないのは「マイタの物語」(1984)と「ケルト人の夢」(2010)だけになった。もちろん、戯曲や評論も読みたいのだが、まずは小説。ノーベル文学賞の余波が消えないうちに翻訳が刊行されることを期待している。


著者:マリオ・バルガスーリョサ著,木村榮一訳
書誌事項: 白水社 2012.11.6 386p ISBN978-4-00-022071-2
原題:Lituma en los Andes. Mario Vargas Llyosa, 1993


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