最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2008年4月

2008年4月29日

monkey businessモンキービジネス

モンキービジネス 2008 Spring 野球号文芸誌は意外と装丁がポイントだと気づいた。たとえば『yomyom』は悪くないが、『文藝春秋』は触る気になれない。この雑誌はその点では非常に良い。書籍と違いカバーをかけないので、持っていて楽しいのはとりあえず魅力的だ。派手なわりにさわやかで、軽すぎず重すぎず、イヤミなくオシャレ。さすが鈴木成一。

ソニーマガジンズが2008年8月に書籍出版部門を売却して出来たヴィレッジブックスが意欲的に翻訳小説を売り出しているなぁと思いつつ、それはソニーマガジンズ当時からそうだったっけかと思う。雑誌メインの出版社が書籍部門を売却あるいは業務停止するのはよくあることで、要は「書籍は数字が見えない」のが原因。雑誌はあたればある程度数字が読めるようになるので、売り上げの見通しをある程度はたてられる。それで書籍だけの出版社の経営者は大変、ということになるのだが…。ともあれ、ソニーマガジンズが再び書籍を刊行し始めたのと同様、営業部門も完全に独立したヴィレッジブックスが雑誌を出すことにしたようだ。

柴田元幸が責任編集ということは英米の小説がメインだろうし、私は野球は嫌いだし、一応創刊号だから買ったのだが、すごい楽しめたかというと、今ひとつ。季刊ならまた多分買うだろう。なんというか、彼らの意欲を買いたいというところか。といっても、私は雑誌は必要に応じてしか買わないので、「ユリイカ」だって年に2~3冊、「DeLi」でさえ、毎号は買ってない有様だから、まじめに海外文学に向き合っているわけではないので、あまり私の姿勢はよくないとは思うが、時間に限りがあるのでしょうがない。

本誌で特筆すべきは「書写人バートルビー」の柴田訳だろう。これは放送大学「世界の名作を読む」という番組で使用した翻訳で、PDFがこちらにあるが、私は本誌で初めて読んだ。といっても「バートルビー」自体は「バベルの図書館」シリーズで読んだことはあったが別の訳者によるものだ。これを読み比べたページがあるので、参考になる。

「バートルビー」という言葉は、本読みにとってはなにやらとっつきにくいような、それでいてとても重要なキーワードのようなものだ。「ゴドー」とか「K」とか、そんな感じ。また、"I would prefer not to", "I'd prefer not to"も一つの常套句で、これの翻訳をどうするかは簡単ではないと言われる有名な台詞。解釈の多様さで魅力的な作品だが、下手に手を出すとやけどをするので素人は傍観しているがよろしいというタイプの作品だ。「掟の門」というか「審判」というか、私は勇気がないので、つっこめない。でもついいろいろ考えてしまって、それが楽しいタイプの作品だ。

最近では「バートルビー症候群」なる言葉も現れ、こんな本も出た。出たばかりのようなので早速買ってみよう。

■書誌事項:ヴィレッジブックス 2008.4.18 247p ISBN4-86332-0086-2/978-4-86332-008-6
■オフィシャルサイト:http://www.villagebooks.co.jp/villagestyle/monkey/
■目次
野球のダイヤモンド、小説の輪郭:小川洋子,柴田元幸〔対談〕
ヒーローインタビュー もしくは 野球はたんなる気晴らしに過ぎないか:田口犬男
Writers on Basebal―オースター、ノーマン、ファレル:柴田元幸著
僕はブラックソックスを覚えている:ジェームズ・T・ファレル著,藤井光訳
このあたりの人たち―1―にわとり地獄:川上弘美著
血:シェリー・ジャクソン著,柴田元幸訳
浦ばなし―1―カニとカニンコ:小野正嗣著
あかずの日記―1―二月~三月 分数アパート:岸本佐知子
流刑地にて:フランツ・カフカ原作,池内紀訳,西岡兄妹画
ブーゲンビリア:バリー・ユアグロー著,柴田元幸訳
書写人バートルビー――ウォール街の物語:ハーマン・メルヴィル著,柴田元幸訳
第七官界彷徨(抄):尾崎翠
第七官界で、命がけで遊ぶ:川上未映子
怪物たち:古川日出男
ハルムスの世界―ひとりの男がいた ほか:ダニイル・ハルムス著.増本浩子/ヴァレリー・グレチュコ訳

2008年4月27日

カレーソーセージをめぐるレーナの物語

カレーソーセージをめぐるレーナの物語 「ユリイカ 3月号」を見て読もうと思った本の一冊。「カレーソーセージ」はドイツでは庶民の食べ物として知られているが、日本でいうと何になるのだろう?ということをずっと考えながら読んでいた。あとがきで訳者が「たこ焼き」みたいなものと言っていたが、座って食べるものではない、屋台で買って立ってその辺で食べるもの、という点では当たっている。ただ、たこ焼きはやはり大阪発信の全国的な食べ物なので、1949年のベルリン発と言われているカレーソーセージとは若干ニュアンスが違う気がするが、他に当てはまるものもない。

ところで、そのベルリンが発祥地と言われるカレーソーセージだが、実際は諸説があるらしい。この作品は前述のベルリンより前にハンブルグにて出来たと主張するところから始まる。亭主に逃げられ、子どもは大きくなって一人暮らしをしている40過ぎの主婦と若い水兵の隠れ家生活の話の間は、正直あまり面白くなかった。それが、戦後水兵が出て行って亭主や娘や孫が帰って来て、それからまた亭主を追い出した後、闇市で取引を始めるところから俄然面白くなる。たばこを通貨とした戦後ドイツの闇市の中で、主人公の女性が次々と取引して欲しいものを手に入れていこうとする様が楽しくてわくわくする。

結局彼女の取引は、例の水兵の想い出のせいで大失敗に終わるのだが、そこで転んだことから、逆に大成功へと導かれる。水兵とのロマンスは長い前振りのようなものか。

私がこの本を読もうと思ったのは、終戦直前から戦後にかけてのドイツの話だからというのも一応あるが、やっぱり食べ物の話だからじゃないかと思う。食べ物にまつわるお話は、いつも楽しい。

■著者:ウーヴェ・ティム著,浅井晶子訳
■書誌事項:河出書房新社 2005.6.10 221p(河出モダン&クラシックス) ISBN4-309-20439-2/ISBN978-4-309-20439-0
■原題:Die Entdeckung der Currywurst, Uwe Timm, 1993