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映画

2017年3月20日

たかが世界の終わり

たかが世界の終わりネタバレ含みます。

グザヴィエ・ドランの「マミー/Mommy」以来のオリジナル映画。原作は戯曲で、12年ぶりに家に帰った次男の帰省の1日の出来事を描く。カナダ=フランスの映画で、ロケ地はどこかわからないけれど、舞台はフランスの田舎のように見える。ベルトラン・タヴェルニエの「田舎の日曜日」を思い出したが、あんなのんびりした映画ではないし、ストーリーも全く違うけれど、映像にはどこか共通点が感じられる。フランス映画の伝統なのか。家族の映画はどこか似る。

舞台はほぼ家の中だけの密室における会話劇なのに最後まで緊張感に満ちていて、飽きさせない。なんだろうこの力は。アップの多用、一人アップになると、別の人物は背景に消える。いつものように音楽が効果的に使われる。今回は「恋のマイアヒ」で驚かされたけれど。


彼は何をしに帰って来たか。兄嫁は気づいていて、直接質問を口にもする。でもその答えは自分の夫や姑に言って欲しい。母も何かを感づいていて、でも言って欲しくないので話をそらす。妹は小さい頃にいなくなった兄に憧れている一方、残されたことへの恨みもある。だが、何のために帰って来たかはわかっていない。最も乱暴に告白を恐れているのが兄。もともと優秀な弟へのコンプレックスに満ちあふれていて、憎んでもいる。かまをかけるためなのか、弟の昔の恋人が癌で死んだことを告げている。告白しようとした弟を乱暴に止める。これが最後だとわかったとしても、おそらく受け入れられない。最初、告白することで「僕は最後まで僕でありたい」みたいなことを言ってるが、そんな簡単にいくわけがない。

ドランの映画にさわやかなハッピーエンドなんて望めない。でも後味が悪いとも思わない。悲劇的な結末を「あぁ、そうだよね。そんなもんだよね。」と説得力とあきらめをもって受け入れられるのは、彼の映画の力なんだろうなと思う。

ギャスパー・ウリエルのはにかんだ顔と割れたあごが忘れられない。


公式サイト:たかが世界の終わり
監督・脚本:グザヴィエ・ドラン
主演:ギャスパー・ウリエル、レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル、マリオン・コティヤール、ナタリー・バイ
原題:Juste la fin du monde
2016年 カナダ・フランス カラー 99分

「マミー/Mommy」

2015年9月 1日

Mommy マミー

Mommy全力でネタバレ。物語は公式サイトのストーリーで。

「発達障害児を持つ親が何らかの困難に陥った場合は、自らの意思で子の養育を放棄し、施設に入院させる権利が保障された」というS-14法案(架空)というものがこの作品のキーだ。映画を観る前、私は「自らの意思で子の養育を放棄」とか「権利が保障」という言葉のもつ意味にピンときておらず、「親が拒否しても子どもを強制的に入院させられる法律」なのだと思い込んだ。「自らの意思で子の養育を放棄」する場面に思いあたらなかったのかもしれない。少し考えれば、あり得ることなのに。

ダイアンが"スティーヴに怪我をさせたことがバレたら虐待を疑われて強制的に施設にやられるから病院にはいけない"と言うシーンがある。普通、親はこちらを怖がるものだろう。だから"親の権利として子どもを強制入院できる"の実例を思い浮かべることが出来なかったせいもある。

スティーヴがキレるシーンは施設で暴れるのを除くと、4回。1回目ダイアンに、2回目カレンに、3回目はポールに、4回目はスーパーでの自傷行為。2回目のカレンのときは、スティーヴがちょっとカレンをからかったので、カレンが本気でキレたのに対し、スティーヴがキレるという流れで、最終的にカレンの方が圧倒する結果になったので、カレンの対応にまずさは感じなかった。さすが元教師。

それに対し、ダイアンは発達障害児を育てるには、あまりにも雑なのだ。買い物をしてきたスティーヴの話も聞かずに盗んだと決めつける。盗んだのかもしれないが、とりあえず話は聞いてやらないと。ポールとの食事に連れ出すのも無茶。自分のしたことだから耐えろと言っても無理に決まってる。しかもその場で酔っ払うなんて。最後にスティーヴが自傷行為を起こしたのは、「自分の存在がダイアンにとって迷惑だ。自分なんかいない方がいい」という自己否定からくる希死念慮にとらわれたからだが、2回もキレたらそうなるに決まってる。これはスティーヴ自身のせいではなく、ダイアンの対応がまずいから起きた事態だ。

キレたら暴力的になるのがわかっているのなら、それを事前に防ぐことが合理的配慮。事情を知らない他人は仕方がないとしても、施設もそうだし、家庭なら尚更。彼の障害に対しての勉強不足としか思えない.。

以上、フィクションの中に本気で腹を立てても仕方がないが、とりあえず吐き出したかった。

この「繊細な息子と雑な母親」というのはドラマを生み出す原動力なんだろう。「マイ・マザー」がまさにそうだ。ダイアンのメンタルの強さは彼女の雑さとの引き替えなわけだから、仕方がない。ダイアンは雑だが愛情深い母親だと思う。カイラのメンタルの弱さと賢さと好対照だ。だから、この二人の女性の組み合わせはそのまま「マイ・マザー」から引き継がれているのだろう。

スティーヴは一昔前なら"普段はおとなしいけどキレると凶暴になる"ただの不良少年で、即刑務所行きだっただろうに、今はADHD(注意欠陥多動性障害)と言われて施設に入れてもらえる。しかし、これもまた対応が雑で稚拙な施設だなと言わざるを得ない。人権に対してどこまで配慮されているのか。薬の対応などもしているようだが、難しいところだろう。

カイラが吃音症になった原因について。カイラの部屋に男の子の写真があった、私はこれを親しくしていた生徒だと思い、その生徒が自殺したか何かがトラウマになっているのだと思ったが、そうではなくて、息子が死んだのではないかという指摘をいただいた。そうかもしれない。

最初にダイアンが「S-14法について」を施設の人に提案されて「それはない」とにべもないが、それを決心するに至るまでの物語と言えるだろう。"死なれるよりはいい"という追い詰められた結果に見える。途中で入る"もし、このままスティーヴがおとなしく勉強し、大学に入学・卒業、結婚したら..."のシーンはあざといのだけど、でも切ない。これが「希望」か。希望のために決意したとも受け取れる。

「神経衰弱ぎりぎりの女たち」でペドロ・アルモドバルが出てきたとき"この人を追いかけたら、さぞ楽しい映画ライフが送れるだろう"と思ったのだが、途中「オール・アバウト・マイ・マザー」を最後まで観られずに挫折。メンタルに余裕がない時期で、ダメだったのだと思う。

グザヴィエ・ドランも確実に「この人を追いかけたら...」という監督だが、果たして、私のメンタルが耐えられるだろうか。様子をみたい。「トム・アット・ザ・ファーム」の時も観ようかどうしようか迷ったのだけど、ロードショー時はやめた。どうしても暴力シーンに対して受け入れられる時期とダメな時期があって、今は比較的大丈夫かも...おそるおそる、という感じだ。

こういう音楽の使い方をする監督の作品は、どうしても上映時間が長くなる。冗長と感じる人もいるかもしれないが、私はミュージック・ビデオを集めたような作品が好きだ。若い頃のヴェンダースを思い出す。映画のシーンに曲をつけているのではなく、先に曲ありきなので、権利関係を配慮しておらず、そのためにサントラが出ていない。これもありがち。公式サイトがYoutubeにリストをつくっている。→Soundtrack PlayList

この中では私は"Colorblind / Counting Crows"と"Experience / Ludovico Einaudi"のピアノの音が印象に残った。この映画のためにつくったサントラっぽいなと思うのだが、そうではないようだ。

カラオケ屋でスティーヴがデュエットで歌う曲がいかにその場にふさわしくないか、調べてよくわかった。若い連中ばかりのバーで「別れても好きな人」を歌うみたいなものか。そこまでいかずに「愛が生まれた日」あたりかな?

以下、なるべく公式につなげた。Apple Musicあたりにも結構ある。

Mommy "Die and Steve Mix 4ever"

1. Childhood / Craig Armstrong
2. Building a Mystery / Sarah McLachlan
3. Concerto for Violin and Strings in E, Op.8, No.1, R.269 "La Primavera" / Fabio Biondy & Europa Galante ヴィヴァルディの四季
4. We're Unstoppable / James Martin
5. White Flag / Dido
6. Chris Just Turned 16 / The Disposable Idols
7. Provocante / Marjo
8. Colorblind / Counting Crows
9. On Ne Change Pas / Cëline Dion
10. Heidenröslein [Franz Schubert] 野ばら
11. Blue (Da Ba Dee) / Eiffel 65
12. Wonderwall / Oasis
13. Don't Fall / The Reel
14. Welcome to my life / Simple Plan [Jeanne Gionnel-Lavigne et Jennifer Savard]
15. Vivo Per Lei / Sabrina Bission et Antoine Olivier Pilon [元はAndrea Bocelli & Hélène Ségara]
16. Phase / Beck
17. Experience / Ludovico Einaudi
18. Born to Die / Lana Del Rey

公式サイト:Mommy
監督・脚本:グザヴィエ・ドラン
主演:アンヌ・ドルヴァル、スザンヌ・クレマン、アントワーヌ・オリヴィエ・ピロン
原題:Mommy
2014年 カナダ カラー 138分

2013年12月20日

地中海式人生のレシピ

地中海式人生のレシピ物語は公式サイトのSTORYを参照。WOWOWで放映されたときは間に合わなかった(「ブエノスアイレス恋愛事情」の方は間に合った)。

スペインのロマンチック・コメディ。破壊力満点のハチャメチャな映画。たまにはこういう映画を観て元気をもらって来るのもいい。若い女性も、妙齢の女性も同様に。

欲張りであり続けること、情熱を持ち続けること、真摯な努力を続けること。そうすれば、一見、人の道に外れていたとしても幸福になれるのかもしれない。幸福を捨てて「普通」になろうなんて、確かにおかしい。何とか道は開いていくのかもしれないなと。非現実的ではあるけれど、とりあえず、そんなことは気にしない。テンポ良く、わかりやすく、楽しめる作品だった。

以下ネタバレですので、観ていない方は読まないで下さい。

ソフィアがフランクの店でまだ料理を完全に任されたわけではない、修行中のレベルだったにもかかわらず、子供が出来たらあっさりトニの元へ帰る。その後3人の子供を産んで、それでも料理への情熱を捨てられず、料理の修業をするように言うフランクの誘いに乗るときも子供を連れている。子供をおいて自分だけ行くことも出来た筈なのに、それはしない。「経済的に不安定だから、連れて行った方が子供のためによくない」とおいていく母親が多いのに、ソフィアは「母親と離れてはダメだ。あなたも寂しかったでしょう?」とフランクに言う。私がこのハチャメチャな女性にシンパシーを覚えられたのはこの「何があっても子供が優先」という姿勢を見せてくれたおかげかなと思う。

あと、長男がフランクの子だと知っていたのに、トニの元へ戻ったのは何故か。そのままフランクにあなたの子だと言えば良いだけだったのに。理由としては、<1>その段階ではトニの子だと信じていて、生まれてからフランクの子だとわかった。<2>フランクの子だとは知ってはいたが、フランクは自分の才能だけを観ているから、父親にはふさわしくない、結婚の相手ではないと思ったから。<3>トニの方を信頼していた、あるいはトニの方を愛していた。
これらのいずれなんだろうか。多分<1>なんだろうな、とは思うが、一番しっくりくるのは、実は<3>です。

三人の中ではトニが一番カッコイイ。「二人とも戦っていないが、オレは戦った」という通り、彼が一番この関係を維持するのに苦労して、耐えているわけです。それもこれも妻を愛しているから出来たこと。それなのにフランクとソフィアは一度はこの関係を諦めてしまった。トニのこと、最初は妻の望みが何か、妻の才能がどこにあるかさっぱりわかっていない愚鈍な夫だったのが、妻への愛故かどんどん成長していく姿はよかった。

もちろん、仕事には情熱をもっていたけれど、女性に対してはただのプレイボーイだったフランクがソフィアに本気になって、トニを裏切れないと思うところから、変わり始めていく姿も好感が持てた。

しかし、ソフィアの欲張り具合はなかなかのもの。「諦めたらそこで試合終了」という映画でした。まずは望んでみなくては。


公式サイト:http://actioninc.luna.weblife.me/dieta/
監督:ホアキン・オリストレル
脚本:ホアキン・オリストレル、ヨランダ・ガルシア・セラーノ
音楽:ジョセ・マス、サルバドール・ニエブラ
主演:オリビア・モリーナ、パコ・レオン、アルフォンソ・バッサベ、ほか
原題;Dieta Mediterranea
2009年 スペイン

2013年12月11日

ブランカニエベス

ブランカニエベス1920年代のスペイン・アンダルシア地方を舞台にしている。モノクロの無声映画という点の珍しさもあって、評判になっているのかもしれないが、私自身はこの形式に対しての目新しさは感じない。卒論のテーマが1920年代のドイツ無声映画だったせいか、その頃の映画は見ている方だからだろう。その時の作品が気に入った理由も「光と影だけの映像」「映画的な効果のわかりやすさ」「女性の魅力を最大限に引き出している」といったあたりだったので、この作品もそのあたりについては共通している。

音楽の効果も的確だが、これがもし生演奏だったらと思うと眩暈がする。私は生伴奏のピアノで無声映画を観て、その魅力に触れたのだった。

アントニオ・ビヤルタが事故に遭うシーン、祖母が倒れるシーン、エルカンナに父娘が見つかるシーン。すべて、映像が回転している。この辺の効果がドキドキしてしまって、見ていられない。おそらく、この映像の後にとても悪い結果が待ち受けていることを明示的に示しているからだろう。ほかにも様々なシーンでサスペンスが満載で、「白雪姫と同じ流れ」だとわかっているのだから大丈夫かと思いきや、いやわかっているからこそ怖くなってしまう。

無声映画は映画ってやっぱり映像だと思わせる力をもっている。これほどまでに全編にポスターに出来そうなカットで満載な映画、久しぶりだ。

マリベル・ベルドゥが素晴らしい。いかにも楽しそうに演じている。こんな良い役、やりがいのある役はそうそうないだろう。私は「天国の口、終わりの楽園。」以来だが、あの時より良い。見とれてしまう。

公式サイト:http://blancanieves-espacesarou.com/
監督・脚本・原案:パブロ・ベルヘル
出演:
マリベル・ベルドゥ:エルカンナ(継母)
ダニエル・ヒメネス・カチョ:アントニオ・ピヤルタ(父親)
アンヘラ・モリーナ:ドナ・コンチャ(祖母)
マカレナ・ガルシア:カルメン(白雪姫)
ソフィア・オリア:カルメンシータ(白雪姫の幼少期)

2013年9月15日

オン・ザ・ロード

オン・ザ・ロードジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」を初めて読んだのは20代前半だった。この装丁の文庫本の頃だ。その後もずっとケルアックの作品だけは読み続けている。バロウズやギンズバーグは代表的な作品だけしか読んでいないから、ビートに夢中というほど読んでいないが、ケルアックは好きだった。

その「オン・ザ・ロード」をウォーター・サレスが撮ったと聞いたとき、よく映画化出来たなとも思ったし、ウォーター・サレスだから出来たんだろうなとも思った。「モーターサイクルダイアリーズ」もロードショーで行ったし、それ以前に「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」を読んでいた。ロード・ムービー好きとしては、これは映画館に観に行かなくてはと思った。

当時の旅の風景が見られればいいくらいの気持ちで行ったが、その点については満足した。1950年代のアメリカの風景を現在のアメリカだけで撮影するのはやはり無理なのか、メキシコやカナダはともかくアルゼンチンやチリにまで撮影に行ったようだ。それとも「モーターサイクル・ダイアリーズ」で使ったところがよかったのかもしれない。

自分でも意外だったのが、ケルアックやニール・キャサディのイメージが頭の中で結構出来上がっていたこと。特にニール・キャサディはもっとワイルドでガタイがいい筈だ、と思って違和感が強かった。もっとすごい勢いで喋っていたし、放射する熱がすごいのだと思っていたから。考えてみたら、そもそも私がケルアックに向かったのは、ヒッピー・カルチャーから遡ってのことだから、ニール・キャサディのことはケン・キージーとメリー・プランクターズの珍道中を描いたトム・ウルフの「クール・クールLSD交感テスト」から入ることになる。もう少し年齢を重ねたニール・キャサディだが、本当に恐ろしいような運転をする、ひどくエネルギッシュな人物だったことがよくわかる本だ。だから2回出てきた踊るシーンはニール・キャサディのすさまじさが伝わってきて良かった。必要なシーンだったと思う。

アレン・ギンズバーグだけは実物より美少年で、ゲイっぽくてよかった。何と言ってもビゴ・モーテンセンのバロウズが私のイメージのバロウズにピッタリ過ぎるのがキャストについては一番納得した。キャロリン・キャサディはもう少しインテリで上品なイメージだが、メリールウは非常にセクシーかつコケティッシュでよかった。下のキャストの部分、実物の写真にリンクを貼った。肝心のケルアックについては、内向的な雰囲気が出ていたように思う。スティーブン・ブシェミがゲイのおじさんで少しだけ出ていたことに驚いた。

映画化にあたり、そもそも「何を撮ればこの作品が伝わるか」という点から厳選されたシーンばかりだったように思う。父親のお葬式から始めたのは初稿原稿からすると正しい。ニール・キャサディの父親を捜すシーンや二人で父親の話をするシーンはまずは「父からの脱却」というテーマを押さえる上で前提条件。母親とケベック・フランス語で話すシーン、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて―スワン家の方へ」を側においておく。ジャズのライブを入れたり、前述のダンス・シーンやマリファナのスタイル(当時は割って出すやり方だった)や煙草の吸い方や酒の瓶まで、一つ一つていねいに演出されているように見えた。

特に、ケルアックが四六時中メモをしているところや、有名な"タイプライターの用紙をつなげてジャズの演奏をしているように休まず打った"のシーンは特に重要だったと思う。旅のシーンだけでも充分満足したのに、


ケルアックというと、確かに旅には出るけど、帰るところはいつもお母さんのところなんだよね、自立してないね、と思うと若い頃はなんだか興ざめだったが、年齢を経るとなんだかそれも納得できる気がしてくるから不思議だ。ケルアックの作品は好きだが、作品からにじみ出るマザコン/マッチョのセットを思うと、評伝はちょっと読む気になれなかった。でも、ルーアン・ヘンダーソンの評伝「ガールズ・オン・ザ・ビート」やキャロリン・キャサディの「ハートビート」あたりは時間があれば読んでもいい気がしてきた。


公式サイト:http://www.ontheroad-movie.jp/
監督:ウォルター・サレス
製作:レベッカ・イェルダム/ロマン・コッポラ/ナタナエル・カルミッツ/シャルル・ジリベール
製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ/ジェリー・レイダー/テッサ・ロス/アーパッド・ブッソン
原作:ジャック・ケルアック
出演:
サム・ライリー(サル・パラダイス→ジャック・ケルアック
ギャレット・ヘドランド(ディーン・モリアーティ/ニール・キャサディ
トム・スターリッジ(カーロ・マルクス/アレン・ギンズバーグ
ビゴ・モーテンセン(オールド・ブル・リー/ウィリアム・バロウズ
クリステン・スチュワート(メリールウ/ルアンヌ・ヘンダーソン
キルスティン・ダンスト(カミール/キャロリン・キャサディ
エイミー・アダムス(ジェーン/ジョーン・ヴォルマー
ダニー・モーガン(エド・ダンケル/アル・ヒンクル)
エリザベス・モス(ギャラテア・ダンケル/ヘレン・ヒンクル)
アリシー・ブラガ(テリー/ベア・フランコ

路上クール・クールLSD交感テスト

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