最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2008年6月

2008年6月11日

ヘルデンプラッツ

ヘルデンプラッツトーマス・ベルンハルト最後の戯曲は、語り手が饒舌なところは相変わらずなのだが、いつもの一方的に語る人が一幕目と二幕目以降と異なる。その上、本来なら語っているであろう人物が故人ときている。つまりこの戯曲で語っている人は、故人がどうだった、故人はこう考えた、ということを延々と語っているのだ。本人だったらもっと毒づいているであろうところが、少し引いたような印象をもつところだ。もちろん、批判をおそれてそういう構造にしたわけではなく、むしろ少し抑えめにでもしないと、爆発しそうな怒りを観客に感じさせてしまうことを避けたのかもしれない。それでも未曾有のスキャンダルだったそうだ。時の首相から大臣、オーストラリア国民全員が罵倒されているのだから、それも当然だろう。

1938年のヒトラーのウィーン侵攻・凱旋演説を行ったヘルデンプラッツ(英雄広場)のすぐ側、そして当のブルク劇場も見えるという舞台背景は劇場の外にいるのか、中にいるのか、混乱させる効果をもっていたのだろう。なんだか1960年代の新宿アートシアターのようだ。外では学生運動のデモ隊と警官が衝突し、劇場の中でも同様の風景が繰り広げられ、劇場の中では混乱した観客が警官役の役者に殴りかかりそうになることもあったそうな。

外の争乱とは、この場合、英雄広場に集まり、ヒトラーを迎える歓喜の声だ。劇場から出たところで、ヒトラーを迎える歓喜の声があがっていたらどうしよう、という怖さを観客は持っていたのではないだろうか?

ベルンハルトって死ぬ直前にすごいことする人だったんだと、この戯曲を読んで実感した。

■著者:トーマス・ベルンハルト著,池田信雄訳
■書誌事項:「ドイツ現代戯曲選30 第30巻」 論創社 2008.5.25 242p ISBN978-4-846000616-7/ISBN4-8460-061-6
■原題:Der Theatermacher, Thomas Bernhard, 1984

2008年6月 3日

座長ブルスコン

座長ブルスコン随分とこれも待たされた気がする。右上の「刊行されるのを待っている本」のコーナーにずっとおいておいた本だ。

ベルンハルトの戯曲は「リッター・デーネ・フォス」以外は読んだことがなかったが、小説と変わらず、饒舌・毒舌、罵詈雑言で楽しい。ナチもオーストラリア国民も、俳優も、女性全般も、自分自身でさえも(非常灯の話は本人の実話だそうな)罵倒し、パロディにする、なんてサービス精神の旺盛な作家なんだろう。

ブルスコンは国民俳優だそうだが、妻と息子と娘の4人だけの劇団でもって地方を公演して回っている。明らかに落ちぶれているのだが、それを妻の欲深のせいにしたり、病気のせいにしたりと責任転嫁しているのだが、明らかに自分のせいだろう。家族は仕方なく付き合っているに過ぎない。それでも息子だけは無類のお人好しらしく、あまり不平も言わず父親に従っている。

座長の一人芝居のように延々と台詞が続けられるが、ちゃんと間をとって、旅館の亭主やら息子やらがひょいひょいと絡んで来るあたりが小説とは違うところだろう。ドイツ語で吠えると、これがまたきっとはまるんだろうな(静岡で5月31日に1回だけやった「エリザベス2世」行きたかったな…)。

1600円とこの手の本にしては随分安いが、ゲーテ・インスティトゥートの助成を受けているらしい。戯曲だから、そんなには高くできないし、アマチュア演劇などで演じてもらうには安くないといけないしなぁ。

そう言えば新潮社「考える人」2008年春号で、海外文学のコアな読者は日本全国で3,000人しかいないそうだ。これは納得できる。以前読んだ本の奥付に何故か初刷部数が書いてあって、そこに「3,000部」とあったからだ。そのときは「自分の読んでいる本は3000人しか読まないと思われているのか」とびっくりしたが、出版業界にいると文学作品の扱いなんて、実際そんな感じだしっていうのがわかってきてしまう。寂しい限り。

■著者:トーマス・ベルンハルト著,池田信雄訳
■書誌事項:「ドイツ現代戯曲選30 第29巻」 論創社 2008.5.25 242p ISBN978-4-846000616-7/ISBN4-8460-061-6
■原題:Der Theatermacher, Thomas Bernhard, 1984