最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2015年7月

2015年7月15日

新装版 レズビアン短編小説集 女たちの時間

新装版 レズビアン短編小説集1998年に刊行され、長らく絶版になっていたものが、今年になって復刊された。レズビアンという言葉から想起する性愛に密接な作品ではなく、ここでは広義の、女性どうしの交流や愛情、女性性にとって重要な短編を集めたもの。解説によると「レズビアン連続体(Lesbian Continuum)」という言葉の定義「ゆたかな内面生活の共有、男の専制に対抗する絆、実践的で政治的な支持の与え合い」を利用。「漠然としすぎ、また非性愛化されすぎと非難されているものの、歴史的に女性間の交流をたどりつつ、その多様性を描き出そうとする」短編集となっている。

マーサの愛しい女主人/セーラ・オーン・ジューエット
両親の面倒をみていた末の娘が行き遅れて独身のまま歳をとってしまうことはよくあること。ハリエットが35歳というのが絶妙だ。彼女の若い従姉妹ヘレナがたった一度だけ訪れたことが若い女中マーサにとっては一生を捧ぐに価する愛情の始まり。こういう物語でハッピーエンドはなかなかないな。

ライラックの花/ケイト・ショパン
修道院の中での出来事がとても美しい物語なだけに、ラストが悲しい。ライラックの花が気持ちを狂わせる...。「時をかける少女」はラベンダーの花の香りをかぐとタイムスリップをしてしまう。ライラックってアメリカの古い時代を想起させるのは「ゴールデンライラック」のせいかもしれない。この小説はフランスのものだけれど。
パリで愛人にちやほやされている女優が、まるで物のない部屋で清純な修道女たちに囲まれて過ごす2週間で心が洗われて、また生きていけるというのも、皮肉なものだなと。よくわかるけれど。

トミーに感傷は似合わない/ウイラ・キャザー
複雑な人間関係と交錯する感情をあっさりとした筆致で描いてはいるが、「感傷」というタイトルにあるように、ロマンティックでもなんでもなさそうでいて、とてもロマンティックな物語。これは西部を舞台にした宝塚か少女マンガか。実写でもなんでもいいから映像で見たい。

シラサギ/セーラ・オーン・ジューエット
この小説のどこがレズビアン...?と一瞬思ったが、そうか、この狩人の若者を選ばずにシラサギ(自然)を選んだことで、シルヴィーは異性愛を避けた、あるいは男性の世界へ組み込まれるのを避けたわけだから、広義のレズビアン小説に入るのか、と納得。でいいのかな?

しなやかな愛/キャサリン・マンスフィールド
短い。掌編というべき一編。高級ホテルなのかと一瞬錯覚した。

ネリー・ディーンの歓び/ウイラ・キャザー
少女時代に愛した友人の懐古録だが、よくあるそれになってないのは、三老婆の存在のおかげか。最初は口うるさい婆さんたちかと思ったが、特にミセス・ダウは、運命論者ではあるものの、苦労も多かったであろう年長者にしてはポジティブ。
不本意な結婚ではあったが、ケチで口うるさい、マッチョな夫から守ってくれたのは、他でもない姑。かわいい娘にも恵まれ、姑の愛情に支えられ、ネリーがとても幸せに過ごしたのだということがよくわかる。こも作品では、女性同士の関係は全て良いものとして捉えられられている。一方で、男は、ミスター・ディーンの父親としての愛情は良いが、事業に失敗したマイナスがあるし、それ以外はどうしょうもない。不実だったり、ケチだったり、頑固だったりする。
この中で「背中」が二度出てくるが、何かわけがあるような気がする。なんだろうな?

至福/キャサリン・マンスフィールド
これはちょっとよくわからない作品だった。好きな女性と心が通じ合い、シンクロしたと感じると、夫へ欲望が湧き上がる...という話なのだろう。そういうこともあるのかもしれないけど、ピンとこなかった。この三角関係はバーサだけが報われないことになるんだろう。

エイダ/ガートルード・スタイン
ガートルード・スタインとアリス・B.トクラスはレズビアン・カップルとしては私には長い間一つの象徴的な存在だ。これはアリス・B.トクラスがガートルード・スタインと暮らし始めた時の話。アリスは家族と別れなければならなくなり、その時の葛藤が描かれている。

ミス・オグルヴィの目覚め/ラドクリフ・ホール
戦争で働き場所を得て、勇敢に活躍しても、終わればその場を離れ社会に戻る。それは男性も同じだが、戻った社会に場所がないのが当時の女性。第一次世界大戦の頃。
「目覚め」が古代の頃の前世が目覚めたっていうのはちょっと意表をついた。
女性が戦争を喜ぶのは違和感があるが、やはりどうしてもこの頃は、そもそも「女性が活躍する社会の場所」がないために男の場所に入り込んでいくよりほかなく、だから、レズビアンと言えばマニッシュな方向へ行かざるをないことがわかる。「孤独の井戸」を読んでみたい。

存在の瞬間―スレイターのピンは役立たず/ヴァージニア・ウルフ
おそらくこの短編州の中で一番大事な作品なのではないだろうか。ヴァージニア・ウルフはモダニズム文学の重要な作家だし、もちろんフェミニズムやレズビアン文学の観点からも多く語られている。
実際はバイ・セクシュアルとして生きた作家、というイメージがあって、文学的な影響力は圧倒的に女性から得ているのに、夫への愛情はある、というその辺のバランスの取り方がおもしろいなと思っていう。

ミス・ファーとミス・スキーン/ガートルード・スタイン
この作品を翻訳で読んで、原文を読みたくならない方がおかしい。

無化/デューナ・バーンズ
ここに出てくる白痴の子供って、今でいうところの自閉症児なんだろう。おとなしそうな子供だけれど、描かれ方としては天使のようなふわっとした印象。男性的、意志がはっきりとしている女性と、年若く弱い夫。この女性以外は夫も娘も弱者という位置付け。育児が女性の足かせになっているということなのだろうか?お金持ちなのだから、育児放棄してもいいように思うのだが、ちょっとわからない。

外から見た女子学寮/ヴァージニア・ウルフ
女子寮、女子大が女性によるコミュニティとしては理想的なものであることをヴァージニア・ウルフは知っていたのだろう。野次馬根性的な見方ではなく、あくまでも内側から描いているのに、あえて「外から見た」としているところが皮肉っぽいなと思った。

女どうしのふたり連れ/ヘンリー・ヘンデル・リチャードソン
これはレズビアンの性愛が明確に表現されている作品。女性は支配的な母親との間に問題をかかえ、精神的にはとても愛情のある男性がいても、その男性との肉体関係に困難をもっている。年上の女性を頼り、苦しみをあらわにする。この短編集の中では初めてと言っていいほど、赤裸々な悩みだと思う。

あんなふうに/カースン・マッカラーズ
しっかりした人だったのに、男性によって「女性」になってしまって、感情を振り回されている姉を見て、あんなふうになるなら大人になりたくないという少女の思いをわかりやすく描いている。ちょっとした短編映画のような作品。

なにもかも素敵/ジェイン・ボウルズ
ジェイン・ボールズらしい、タンジールを舞台にしたと思われる作品。イスラムという異文化の出会いを女性との駆け引きに使っている。ポール・ボウルズとは作家としての関係はともかく、お互いに同性愛者でいながら、良好な関係を貫いた理想的な夫婦ではある。また、ゲイやレズビアンにとっての理想的なコミュニティを主催し維持し続けた功績もあるだろう。

空白のページ/イサク・ディーネセン
婚礼の夜に使用したシーツが汚れていることが純白の証。ポルトガルの貴族につたわる伝統で、これを晒すことが処女であったことの宣言となる。その後は一度も使わない。この婚礼のシーツをつくった修道院では、切り取って額に入れて飾られる。シーツにはその持ち主の女性の名前が添えられていて、何らかの物語が描かれている。その中に一枚だけ白いシーツがある。これは何か?新しい物語に参加するためのものか。何を象徴しているのか?女性に押しつけられた純潔性の否定か。簡単な解釈はできない。こんな作品がラストにおかれてるのも、粋だなと思う。


■目次
「マーサの愛しい女主人」Martha's Lady/セーラ・オーン・ジューエット(Sarah Orne Jewett)
「ライラックの花」Lilacs/ケイト・ショパン(Kate Chopin)
「トミーに感傷は似合わない」Tommy, the Unsentimental/ウイラ・キャザー(Willa Cather)
「シラサギ」A White Heron/セーラ・オーン・ジューエット(Sarah Orne Jewett)
「しなやかな愛」Leves Amores/キャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield)
「ネリー・ディーンの歓び」The Joy of Nelly Deane/ウイラ・キャザー(Willa Cather)
「至福」Bliss/キャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield)
「エイダ」Ada/ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)
「ミス・オグルヴィの目覚め」Miss Ogilvy Herself/ラドクリフ・ホール(Radclyffe Hall)
「存在の瞬間―スレイターのピンは役立たず」Moments of Being: 'Slater's Pins Have No Points'/ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)
「ミス・ファーとミス・スキーン」Miss Furr and Miss Skeene/ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)
「無化」Cassation/デューナ・バーンズ(Djuna Barnes)
「外から見た女子学寮」A Woman's College from Outside/ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)
「女どうしのふたり連れ」Two Hanged Women/ヘンリー・ヘンデル・リチャードソン(Henry Handel Richardson)
「あんなふうに」Like That/カースン・マッカラーズ(Carson McCullers)
「なにもかも素敵」Everything is Nice/ジェイン・ボウルズ(Jane Bowles)
「空白のページ」The Blank Page/イサク・ディーネセン(Isak Dinesen)

■書誌事項:ヴァージニア・ウルフほか著,利根川真紀訳 平凡社 2015.6.1 384p ISBN978-4-582-76815-2(平凡社ライブラリー)