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2015年11月15日

文学会議/セサル・アイラ

文学会議 セサル・アイラマッド・サイエンティストで作家でもある主人公が世界征服のため、実在の作家であるカルロ・フエンテスのクローンを作ろうとするお話。"信頼できない語り手"だった「わたしの物語」のときと同様に物語の途中で意表をつかれたが、今回はむしろ、文学的な文法をあえて「落っことしている」ような意図に見える。

しかし、怪獣映画のようなので、特撮で映像化して欲しいけど、話が途中で飛んでしまうので、そこのおもしろさは失われてしまうのだけど。巨大な青い芋虫は見たくない。でも「マクートの糸」は見たい。何度も読み直してイメージするのだけど、正解かどうか自信がない。

収録作品の「試練」も素晴らしい。二人のパンク少女と出会った平凡な少女の物語。頭の中をcureの曲が走り回る。痺れるような傑作。前半のスタティックな会話部分にヒリヒリするような痛みを感じ、後半のダイナミックなアクションシーンに無我夢中になる。なんという疾走感。原題"La Prueba"は「試練」と翻訳されている。「試験」や「テスト」よりちょっと重みが感じられる。「試練を越えた愛」なのか「愛を試す」のか。

映画化されていると聞いて調べたら、「ある日、突然」というタイトルで内容は随分変わっているらしい。これはこれで見たいが、この原作通りの襲撃シーンが映像になっていたら、もっと良かったのに。絶対に見たかった。原作のラスト10分だけで1時間くらいの映像になるだろう。

セサル・アイラ「わたしの物語」

■書誌事項:新潮社 2015.10.30 190p ISBN978-4-10-590121-9(新潮社クレストブックス)
■原題:El congreso de Literatura,1997 / La Prueba, 1992, César Aira

2012年8月 7日

わたしの物語/セサル・アイラ

わたしの物語/セサル・アイラ装幀の鮮やかなピンクの写真はいちごのアイスクリーム。このぬめっとした甘い感じ、美しいとも何とも言えない不思議な印象が、本書の内容に近いと感じる。不思議というか、すごく変な、ねじれた物語だ。読んでいるうちに何度か「あれ?」と前を読み返すハメになる。この本をネタバレなしで説明するのは私の能力では無理だ。

最初に、修道女になるまでの物語と宣言するので少女だという前提で読み進めると、途中で他の人からは少年の扱いとなる。結論を言ってしまうと修道女になんかなれない。そもそも最初からお父さんのことが大好きですと言いながら、優しいところなど見せたことがないという主人公。リアルな自伝のように物語を進めてながら、たくさんの幻想・妄想で満ちていて、どこからどこまでが現実のお話なのか、いやお話なのだから、最初からリアルではないのだ...と区別したがる読み手の頭の中を意図的に混乱させてくれる。

父親の事件、病院での治療と看護師、母親との生活、ラジオドラマ、学校の先生、初めて出来た友達など、小さい子供の成長記としてふさわしい物語の進め方をしながら、すべてにおいてぼんやりとした霞がかかったような、なんとも不思議な出来事を描いていく。例えば近代的な病院なのに看護師の行動がすごく変だし、学校の先生は親に文句を言われて他の生徒にその子の存在を無視するよう促すとか、さすがに変だ。最初に出来たお友達って、ほんわかしたお話のように見せかけて、これもまた変な子だし、なりゆきもまたおかしい。

例えば、1950年代における南米での都会の生活を伝えるのに「ラジオドラマ」は良い材料だと思う。貧しいながらも家庭でのわずかな楽しみとしてよく登場するモチーフだが、主人公の妄想癖を助長するアイテムとして使われていたりして、一筋縄ではいかない。各章一つ一つ「変だ」と思いながら読んでいくが、章末には一応の着地点があって、次に読み進められる。けれど最後にまた大きな「??」が飛び出して来る。おもしろいことは間違いないが、人にどう説明して勧めてよいのか悩む。

本書はセサル・アイラの初翻訳書だそうだ。名前を初めて知ったのは『ユリイカ』2008年3月号、特集・新しい世界文学に載った「悪魔の日記」という一篇の作品でのことだった。映画「ある日、突然」の原作者だった。中編の多い作家だそうだが、2本を1冊くらいにして、また別のものを出してくれたらいいのにと思う。

「新世紀・世界文学ナビ20 セサル・アイラ=ナビゲーター・柳原孝敦」(毎日新聞)

原題:Cómo me hice monja, César Aira. 1993
著者:セサル・アイラ著,柳原孝敦訳
書誌事項:松籟社 2012.7.27 158p ISBN978-4-87984-307-4(創造するラテンアメリカ)

2008年3月20日

ユリイカ 2008年3月号 特集・新しい世界文学

ユリイカ 2008年3月号 特集・新しい世界文学「ユリイカ」の海外文学全般特集。最近海外文学を取り上げる頻度が低いので、年2~3回くらいのペースでやってもらいたい。今回の特集で特に注目したのが、ドイツ文学とラテンアメリカ文学。ドイツ文学の解説は瀬川裕司。瀬川裕司と言えばドイツ映画の人...と思っていたのだけど、考えてみたら、そんな狭い範囲のわけがないか。ベストセラーで話題のダニエル・ケールマン「世界の測量―ガウスとフンボルトの物語」(三修社 瀬川)2008年春刊だそうだ。楽しみ~。あとは、モーニカ・マローン「かなしい生きもの」とウーヴェ・ティム「カレーソーセージをめぐるレーナの物語」あたりを読んでみようか。

収録作品の中で気になったのが以下。

イグナシオ・パディージャ(メキシコ)「動物小寓話」Ignacio Padilla, "Bestiario Mínimo", 2001 久野量一訳
エドムンド・パス=ソルダン(Edmundo Paz Soldán, ボリビア)「夕暮れの儀式」"Ritual del atardecer", 1998 安藤哲行訳
セサル・アイラ(César Aira, アルゼンチン)「悪魔の日記」"Diarion de un demonio"収録 久野量一訳
※セサル・アイラは映画『ある日、突然』の原作として知られる。
ロベルト・ボラーニョ(Roberto Bolaño チリ)「ジム~我慢ならないガウチョor鼻もちならないガウチョより」"Jim:El gaucho insufrible,2003"久野量一訳

ラテンアメリカ文学は「ブーム」以後の作家がなかなか日本に入ってこない。ガルシア=マルケスやバルガス=リョサの新作も良いが、そろそろいいかげん新人のを読みたい。別に私は「マジックリアリズム」に限って好き、というわけではないし、南米の人ならなんでもいいというわけでも、もちろんない。ただ、ちっさい話(身近な、卑近な話)があまり好きじゃないというだけだから。

以下は今後なんらかの形でひっかかってくるかもしれないので、キーワードとしてメモをしておく。下で読んだことがあったのはホルヘ・フランコだけだ。というか、それしか翻訳されていないのだから仕方がない。


「ウォークマンと短篇を」
アルベルト・フゲー/セルヒオ・ゴメス(チリ)

「マッコンド」
ロドリーゴ・フレサン/ファン・フォルン/マルティン・レットマン(アルゼンチン)
サンティアゴ・ガンボア(コロンビア)
エドムンド・パス=ソルダン(ボリビア)
ホセ・アンヘル・マニャス/マルティン・カサリエゴ/ライ・ロリガ(スペイン)
ホルディ・ソレール/ナイエフ・イェヤ(メキシコ)


「クラック宣言」
ペドロ・アンヘル・パロウ/エロイ・ウロス/イグナシオ・パディージャ/リカルド・チャベス・カスタニェダ/ホルヘ・ボルピ(メキシコ)

ほか、まとめて。
ロベルト・ボラーニョ(チリ)
フェルナンド・イワサキ/イバン・タイス(ペルー)
ホルヘ・フランコ/マリオ・メンドーサ/(コロンビア)
クリスティーナ・リベラ=ガルサ(メキシコ)
ゴンサロ・ガルセス(アルゼンチン)