アンドレ・カンドレで3枚のシングルを出した後、ポリドールで「井上陽水」として再デビューを果たした、記念すべきファースト・アルバム。1970年代初頭では、シングルが主体で、アルバムはシングルの集めたもの、という位置づけだった。いきなりアルバムで出したのはプロデューサーの多賀英典氏の方針によるものだったが、それが成功した。最終的には「氷の世界」に引っ張られた形でセールスが伸びているが、とりあえずセカンドアルバムを作ることは出来る程度には売れた。だが、それも1万枚を越えたからという風説がある。
まず驚かされるのが、陽水の声の若さだ。井上陽水と言えども声は変わるのである。例えば「断絶」のシャウトする陽水など、ちょっと最近では考えられない。
トータル・アルバムという考え方がThe BeatlesのSgt.Peppers Lonely Hearts Club Bandによってもたらされ、流行になっていた影響もあるだろう。象徴的なのがオープニングのオルゴールの音だ。「人生が二度あれば」の主旋律を奏でるささやかなオルゴールの音、そしてエンディングの「傘がない」の直前にもう一度オルゴールが入り、「傘がない」でドラマチックなピアノの音。オープニングとエンディングを強く印象づけ、物語の始まりと終わりとを意識したアルバム作りになっている。
「傘がない」の最初の一節
都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
はThe Beatlesの"A day in the life"の最初の節、"I read the news today, oh boy."から来ていることは有名である。また、この曲が政治よりもあの娘に会えないことの方が問題だ、とする下記の詩をもっていることから、
テレビでは我が国の将来の問題を
誰かが深刻な顔をして しゃべってる
だけども問題は今日の雨 傘がない
「60年安保の世代に反発する、70年代のシラケ世代の登場を象徴した歌」と言われることは知っているが、同世代ではないので、ピンとは来ない。「それはいいことだよ。」と言いたくなる。
また、音作りにおいては「陽水ってデビュー当時はフォークだったんでしょ?」という先入観をもっている人を裏切るような音になっている。「フォーク」というと、ギター一本でポロポロと弾き語りをするという固定観念的なイメージとは違う。だが、実際アンドレカンドレ時代〜照和の時代はやっぱり「フォーク」だったのだが、この頃の凡庸な音作りとは一線を画している。これはモップスの星勝のアレンジによるところが大きい。
モップスと言えば、今から考えるとあの時代にしてはポップでモダンなバンドだった。ボーカルの鈴木ヒロミツ以外のメンバー、星勝(ギター)、鈴木ミキハル(ドラムス)、三幸太郎(ベース)がレコーディングに参加しており、中でも星勝は井上陽水の音作りを決定づけた人物として、ファーストアルバム以後も絶大な影響力を持つことになる。
例えば、アルバムタイトルにもなっている「断絶」などは、言ってみればディランの“フォークロック”のような音になっている。
「人生が二度あれば」は井上陽水としてのデビューシングル。田舎の年老いた両親を見て、若者が自分の人生についてシリアス考える歌になっているが、CMに使われたことがある。
仕事に追われ、このごろやっとゆとりが出来た
この部分だけピックアップすると、イメージが全然違うので、驚いた。
また、「感謝知らずの女」や「限りない欲望」の歌詞の先駆的なところに驚かされる。サザン・オールスターズの「ミス・ブランニュー・デイ」に通じる「感謝知らずの女」だが、当時多分これだけシニカルに恋愛を歌える人はあまりいなかったんじゃないだろうか。
ダイヤモンドの指輪 いつか誕生日にあげた
そしてあなたは言った もっと大きいのが欲しいわ
だからあなたは感謝知らず 感謝知らずの女
「限りない欲望」は2004年「YOSUI TORIBUTE」で櫻井和寿と小林武史の組んだBank Bandがカバーした。
君と僕が教会で結ばれて
指輪をかわす君の指 その指が
なんだか僕は見飽きたようでいやになる
小品の「小さな手」「白い船」あたりも良いし、無駄な曲の一つもない、珠玉の名作集と言えるだろう。
私にとってはこのアルバム、ラストが派手でシリアスな曲のせいか、John Lennonの「ジョンの魂」に私のイメージの中では近いものがある(ソロデビューのアルバムだし)。
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