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09/21

2015

ヤマザキマリ&とり・みき「プリニウス」第三巻刊行記念トークライブ

「プリニウス」第3巻刊行記念トークライブ2015年9月19日(土)、神保町にある日本マンガ塾で開催されたヤマザキマリ&とり・みき「プリニウス」第三巻刊行記念トークライブが行われました。
日本マンガ塾
「プリニウス」第3巻
togetter まとめ

トークショーはまずお茶の水の名曲喫茶「ウィーン」の写真から始まります。ヤマザキマリさんは1984年、17歳のときにアルバイトをしていました。その職場の複雑な人間関係で作品が1本描けそうなほどだったといいます。そしてここを舞台にしたマンガを描こうとして出来たのが「ジャコモ・フォスカリ」だそうです。そのお話しはまたいつか伺いたいです。(名曲喫茶ウィーンは建物は残っているけど店は違う)

プリニウスお茶の水 名曲喫茶ウィーン
名曲喫茶ウィーン つづき
(ヤマザキマリさんもスタカン好きなんだ。そりゃまぁあの時代のロンドンっ子は当然ですね。)

さて、「プリニウス」のお話。とり・みきさんとヤマザキマリさんのお二人の出会いは。吾妻ひでおさんが行く予定だったシチリアのコミックフェスティバルにとり・みきさんが行くことになったので、すでに知り合いだったヤマザキマリさんにシチリアに行くんだけど、というメールを出した。観光地や食事についてアドバイスをもらった。というのが二人が親しくなるきっかけ。



テルマエロマエ 最終回「テルマエ」の6巻の頃、スケジュールが詰まって、ちょうど最終回の2回前から、とり・みきさんにアシスタントに入ってもらった。とり・みきさんはちょうど連載が終わって一段落したところだった。とり・みきさんが描く背景の緻密さに圧倒され、これなら前から描きたかった「プリニウス」を一緒につくることが出来るのではないかと思ってもちかけた。

「マンガに背景は必要ない」と「漫勉」で東村アキコ氏と浦沢直樹氏が言っていたが、それは概ね正しい。ほとんどのマンガはキャラターが主で背景は従。背景を描き込み過ぎると物語を進めるスピードが落ちる。背景はキャラクターの邪魔をしてはいけない。今いる場所や時間を説明するだけでいい。マンガを学ぶ専門学校や編集者からはそう教わるし、それは間違いではない。

ゲンセンカン主人だが、「すべてのマンガが」というわけではない。例えば、つげ義春「ゲンセンカン主人」。背景がキャラクターと等価か、それ以上の意味をもち、物語を語る。「プリニウス」もそういう作品で、背景が非常に重要。毎回、話の方向性によって背景の描き方を変えたりする。緻密な背景が作品全体から出る陰鬱さを表現している。

マンガ家は作品によって背景のつくりかたを決めている。ストーリーに一番フィットする描き方を考えている。まったく背景のないマンガを描いたこともある(とり・みき作品が投影される)。だから「マンガというものは」と十把一絡げにしないで欲しい。「プリニウス」は読んでいる人が古代ローマの街中を行き来しているかのような気持ちで読んで欲しいと思って描いている。


「プリニウス」原画のデータをPhotoShopのレイヤーを隠しながら見せていただきました。


プリニウス3巻のサインキャラクター=ヤマザキマリ、背景=とり・みき、が原則だが、そうとは限らない。進行の都合上、キャラクターと背景をセットでヤマザキマリさんが描き、背景とキャラクターをセットでとり・みきさんが描くこともある。

また、背景とキャラクターの順番だが、背景の上にキャラクターがのるのが多いが、キャラクター部分が多いコマはそれだと無駄な作業が発生してしまうので、最初にキャラクターを描いて、キャラクター部分マスクして背景を描くこともある。


サイン会の様子最後に質疑応答が短くあって、サイン会。このところ、とり・マリライブにも行けてなくて、ヤマザキマリさんにお会いするのは、昨年の9月にお台場でのヤマザキマリ+とり・みき 魅惑のトーク&LIVEナイト! 「今夜はブワァーッといってみよう!」で1巻にサインしていただいた時以来です。その前に三原順イベントに行きましたが、あれはサイン会はないので。とり・マリ、サンバTシャツに着替えました。


このイベント、別のゲストで2回目以降があるそうなので、あえて苦言を呈します。

タイムテーブルが細かく、トイレに行く時間すら制限していたのに、結果的にかなり崩れています。だから、最初からあまり厳密にしなければ、たとえ多少押しても、まぁこんなもんだで済むと思うのですが、いかがでしょう?こちらへの要求が厳しいわりには、という印象です。

PCトラブル多数。PCを変えたらミラーリング出来ないのはありがちなことなので、多少仕方がないと思いますが、プロジェクターの時間制限があるとか、ノートPCを電源にさしておかないとか、ちょっと初歩的なミス。まずは複数種類のPCを使わない。PCを動かす人を限定する、が打ち合わせのないイベント時は安全です。全部パワポに載せてしまえば誰がやっても出来ますが、そこまで準備している暇がないことは往々にしてありますので。

整理番号順への入場だが、1から厳密にやる場合もあるが、「1~10番までの方、11~20番までの方」の方がスピーディです。

事前にきちんと質問を受けておいたのに、事前に選んでいる様子もなく、実際の質疑応答の時間もなかった。それでしたら、最初からなしにした方がこちらの方も納得します。

09/29

2014

ヤマザキマリ+とり・みき 魅惑のトーク&LIVEナイト! 「今夜はブワァーッといってみよう!」

とりマリinカルカル日時:2014年9月28日(日) 17:30開場 18:30開演
開場:東京カルチャーカルチャー(東京都江東区青海1丁目3-11)
ヤマザキマリ+とり・みき 魅惑のトーク&LIVEナイト! 「今夜はブワァーッといってみよう!」

私はヤマザキマリさんのファンなので、というのはもう漫画や文章といった作品だけでなく、人としてトータルでファンなので、また行ってきました。特にこの企画はライブもついてるので(ライブがメイン?)お得です。前回購入したサンバTシャツ(黒)を着ていったことは言うまでもありません。


【1】ブラジル珍道中
最初、写真が出なくて、ハラハラしました。
集英社『Sportiva』のウェブ連載のお仕事でブラジルまでワールドカップに行かれたお二人の珍道中。グループリーグの日本×ギリシャ、ベルギー×ロシア(マラカナン)、イタリア×ウルグアイの3試合を観戦されたので、ナタール→リオ→ナタールという移動。試合と移動の隙間を縫っての観光などを紹介されました。

マラカナンが暑かったので汗をかいたままナタールに戻って風邪をひいてしまったお二人。デング熱ではなかったということですが、実はデング熱はお二人が日本に持ち込んでしまった...ということはなさそうです。お仕事を抱えながらの無茶な旅程でやられてしまったようです。あまりご無理なさいませんよう。

日本とブラジルは30時間くらいかかりますよね。私もアルゼンチンなら行ったことがありますが、そのくらいかかりましたね。そしてやはりマイアミのトランジットでバッゲージ・ロストしました。7時間あったのでその間に戻って来ましたが、気が気じゃない。

【2】 「プリニウス」制作秘話
PhotoShopのレイヤーでお二人がそれぞれ担当されたパートがわかりやすく見せていただけました。単純に人物と背景という担当分けではないことがよくわかりました。

【3】公開Q&A
質問を紙で受け付けてお答えするコーナー。質問は開演前に書いて提出する仕組みだったのですが、私がトイレ行ってる間に回収されてしまったらしく、出せずじまいでした。おもしろい質問をした方3名様にプレゼントがあたりました。

----------休憩-------

【4】とりマリ&エゴサーチャーズ(マイナス1)LIVE

前回の下北沢404で演ったものあり、初めてのものもあり。すみません。今回、うっかりお酒を飲んでしまい、ぼんやりしていてメモを忘れました。抜けがたくさんあります。



1. 不明

2. So Danco Samba ソ・ダンソ・サンバ : António Carlos Jobim & Vinícius de Moraes アントニオ・カルロス・ジョビン&ヴィニシウス・ヂ・モライス
https://www.youtube.com/watch?v=AVk-9LmaM8c

3. Garota de Ipanema イパネマの娘 : António Carlos Jobim アントニオ・カルロス・ジョビン
英語、イタリア語、日本語、ポルトガル語

日本語は初めて聴いたんじゃないかと思います。全力でブリっ子な歌詞だったので、それ風に歌われておられました。

4. Parole Parole パローレ・パローレ : Mina & Alberto Lupo ミーナ&アルベルト・ポーロ
Paroles Paroles : Dalida avec Alain Delon ダリダ&アラン・ドロン(訳詞付)
甘いささやき : 細川俊之&中村晃子
マリさんの歌にのせて、とり先生が原稿が遅れる言い訳をするという定番ソング!

5. 不明

6. 不明

7. Dan¸a da Solidão 孤独のダンス : Paulinho da Viola パウリーニョ・ダ・ヴィオラ(Marisa Monte マリーザ・モンチ)

8. さらば恋人:堺正章

en1. Carinhoso カリニョーゾ : Pixinguinha ピシンギーニャ
Paulinho da Viola パウリーニョ・ダ・ヴィオラ と Marisa Monte マリーザ・モンチのバージョンで。

en2. 砂に消えた涙 Un Buco Nella Sabbia : ミーナ Mina
弘田三枝子伊東ゆかり、ザ・ピーナッツ


とりマリサインその後サイン会です。「プリニウス」をもっていきました。
このサイン会のためにさくさく描けるよう生みだされたキャラクター「プリニーちゃん」。本当にサクサクと進んでいました。

こちらのサインも合作なのですが、さきにとり先生が描いて、後からマリさんが追加する順番です。確か、火山と噴火の外枠とご自身のサインをとり先生が、火山の中の顔とご自身のサインとあて名をマリさんが担当されていたと記憶しています。このもくもくした噴煙の中にお名前を入れることの方が多かったです。このようにマリさんの方が少し量が多いのですが、それでも微妙に「待ち」の状態になっているという状況でした...。


この後、下北沢404でまたライブがあるようです。

10月12日(日)はbachibouzouk presents 下北沢 BAR BAND NIGHT Vol.8に出演。このイベント、去年に引き続き登場されます。

11月27日(木)にワンマンライブ。19:00開場、19:30開演。チケットは10月6日にe+とローソン、404店頭にて発売開始。

10月13日(月)はバンドではなくトークショーが。ここで一回お帰りになるのかな?ともあれ、お忙しいヤマザキマリさんでした。

02/25

2013

世界の果てでも漫画描き 3 チベット編/ヤマザキマリ

世界の果てでも漫画描き 3 チベット編集英社クリエイティブ 2013.2.28 ISBN978-4420220583

世界中を旅するヤマザキマリさんのこのシリーズはエッセイ漫画作品の中では一番ご本人の「らしさ」が出ているように思えます。この巻はシリア編、パリ・ルッカ編、チベット編が収録されています。

シリア編はまだ日本とシリアを行ったり来たりしていた頃のようで、少し前のお話だと思いますが、パリ・ルッカ編は2011年10月の「Lucca Comics & Games 2011」と2012年3月の「Salon du Livre 2012」のお話、チベット編は2012年の夏の旅行のお話です。

ヤマザキマリさんは2012年3月にパリの「Salon du Livre 2012」に行かれ、萩尾望都先生と対談なさいました。どうも現地に行って見てこられた方のお話では、対談というよりはそれぞれお話されていたようなんですが。作品の接点は表面上はあまりないですから、それも当然のことかと。でも心の師匠と描かれているので、子供の頃好きだったのでしょう。この時、萩尾先生はヤマザキマリさんに「日本で猫が恋しくなったら来てね」とおっしゃったんですね。それで2013年の新年会にご訪問となり、串揚げ会につながるわけですね。

高山病になったチベット編はtwitterで拝見していたので、すごく最近な感じがします。大変そうだなと思いましたが、そうですか、基本、お一人旅だったんですね。それは大変だというか、無謀な...。

本書を読むと著者が本当に旅に出ないといられない方なんだなというのがよくわかります。

音楽でも小説でも漫画でも、作家の人となりは二の次で、作品だけを見るようにと、物心ついた頃からたたき込まれて来たので、こういうことを書くのは心苦しいのですが、どうもヤマザキマリさんの場合、作品よりご本人が気になる存在です。もちろん作品も好きなのですが。創作漫画<エッセイ漫画<文章のエッセイという感じで、よりご本人にダイレクトに近いところに興味をもってしまい、最近では出演されたテレビをマメに見ていたりします。

もちろん、作品をこれからもずっと読み続けていくつもりです。ここにはまだ書けていませんが、少なくとも単行本は全て読んでいますので。

12/06

2012

ルミとマヤとその周辺/ヤマザキマリ

ルミとマヤとその周辺 1/ヤマザキマリルミとマヤとその周辺 2/ヤマザキマリ

講談社 2012.8.10 ISBN978-4-06-376683-7/ISBN978-4-06-376687-5


私は「昔の方がよかった」という話が好きではない。特に高齢の男性が言うと、「キミらは昔は好き勝手できたもんね」と思う。昭和30年代、40年代、大半の女性は自由に職業を選べず、好きでもない男と見合い結婚をさせられた。当時は公害だらけだし、交通事故も多く、破傷風など不衛生から発生する病気も多い。福祉に対する社会インフラがほとんどなく、車椅子は段差が今より多く、白い杖で歩行することもままならない。

当時は海外に留学中の友達と1~2ヶ月かけて分厚い手紙をやりとりした。今ではメールでほぼリアルタイムだ。特にデジタル機器については、初期のワープロで一切記録装置がないのに、3行ずつ必死で入力・印刷をしていた。それでも和文タイプよりは手軽だったので嬉しかった。

野原で遊ぶ子どもたちの姿が、今は公園でたむろして集団でDSをやっている姿に替わった。その姿を嫌う人は多い。子どもたちはどうしてそういう行動をとるのか、外で遊びなさいと言われて家を追い出され、でも何もない野原を走り回るよりゲームの方がおもしろいから、寒かろうが何だろうが、必死でやっても当然だろうと私は思う。

「昔の方がよかった」というノスタルジックな作品が特にすごく嫌いというわけではないが、例えば映画「三丁目の夕日」を見ていると、道路はぬかるんで不衛生だし、どこがいいんだろうと思ってしまう。だから本作は普段なら絶対に手に取らないタイプの作品だ。

私がヤマザキマリさんの作品を最初に読んだのは「モーレツ!イタリア家族」を連載誌で、だった。イタリア人って変だなぁ...とおもしろかったのを覚えてる。それが「テルマエロマエ」で大人気になり、1巻が出てすぐ購入、以後はすべて単行本で読んでいる。それは面白いベストセラーを気楽な感じで楽しんでいる感覚だった。

ヤマザキマリさんという作家が私の心に棘のようにささったのは『早稲田文学』5号の「ガルレア・マルケス偏愛」というエッセイだった。最初に読んだときは南米という地域的特殊性に惹かれたが、次に読んだときはそれは希薄になり、物語がギリシャ神話や聖書のような普遍的な人間の物語となっていったことが書かれている。さすがだと思った。「テルマエロマエ」を読めばどれほど博識な人物か簡単に想像はできるものの、そういう意味ではなく、この率直な感受性にすごく惹かれたのだ。

ぽつぽつと著者のエッセイや他の漫画作品を読むようになり、作者の小学生時代を描いたこの作品の新装版が出ていたので、読んでみた次第。前置きが長くなった。

読んでみると、とても不思議な感情でいっぱいになった。いったいこれは何なのだろう?

最初は自分が作者と同年代で、同じような風景を見ているせいで強く共感したのと思った。北海道を舞台にした物語だが、時代の風俗を描写するところでは、確かに懐かしく感じる。それに、この物語にある「貧しさ」はとても身近なものだった。看板屋のようなボロ屋は確かにあったし、そこに住んでいる同級生は兄弟がとても多かった。また、複雑な家庭が多く、母親を病気で亡くした友人が義母とうまくいかないとか、わりあい普通にある時代だった。今は若い世代の病死が減ったため離婚でというケースは多いが、同じ父子家庭、母子家庭でもその子どもが背負うものがまるで違う。

子供の頃の出来事の細かなことは大半忘れている。自分にはすごく辛いこともなかったし、だからと言って、すごく楽しいことはたまにしか訪れなかった。もちろんその楽しいことは覚えているが、数えるほどの記憶しかない。著者のあとがきにある通り、これだけ細やかな記憶があるのは著者が長く日本を離れて生活しているせいなのだろう。地続きでずっと同じ日本で暮らしている自分には、まだ後ろをふり返るような気にはなれないし、記憶を呼び起こすきっかけもない。

結局のところ自分の気持ちの正体が今ひとつつかめず、しばらくの間、戸惑っていた。そんな折、作者が取材で訪れたカンボジアから子どもたちの写真をtwitterで見せてくれた。うわっ、ルミ・マヤのときと同じ!何なんだろう、これは...とまたかなりの時間考えた。

そして「あぁ、そうか。この子たちが、あまりに幸福そうなので、それで息をのむほど満たされて、いっぱいになってしまうのだ」とようやく気付いた。

ルミとマヤもカンボジアの子どもたちもとても幸福そうだ。日本の今の子ども達が不幸そうなのか?そうは思わない。だが、胸をわしづかみにされるほど、幸福そうには見えない。

結局これは落差の問題なのかもしれない。お母さんが演奏旅行でいないので会えない→会えた、嬉しい!貧乏だからバイオリンなんてとても買えない→サンタさんが貸してくれた、嬉しい!

自分はまだそんなふうにぐるぐると考えている。素直に「感動した!」と言えれば楽なのに。社会インフラの整備と技術革新でベースがあがっても、上にのっかる人の気持ちが置き去りになっては意味がないのに。ベースが下の時代にのっかった「幸せ」に素直になれないのは何故だろう。

この作品は確かにノスタルジックだが、「昔の方がよかった」とは言っていない。ただ、かわいい子どもたちが幸せそうに暮らしているお話。

09/10

2010

ゆるふわSF特集

『FRaU』2010年9月号の本とマンガ特集に「女子もハマれるネオSFマンガ」という門倉紫麻さんの選んだマンガのページがありました。この最初のものが「山へ行く」(萩尾望都)だったことや、ちらちらと知っているものもあったので、全部読んでみようかと、思って読んでみました。

山へ行く 萩尾望都

「山へ行く」萩尾望都 小学館

ハードなSFのイメージの強い萩尾先生ですが、こちらは短編集ですし、日常の中のなんとなく違うなという感じの作品群なので、とっつきやすいです。家族の話が多かったりもします。名作「柳の木」収録。鳥肌が立ちます。『flowers』で連載中。

小煌女 海野つなみ

「小煌女」1~2巻 海野つなみ 講談社

当初はクラシックな感じのSF学園ものだったのが、突然の大逆転が起こってあれよあれよという間に話が拡大していきます。絵は好きではないのですが、意外におもしろいです。『KISS』で連載中。

世界の合言葉は水 安堂維子里

「世界の合言葉は水」安堂維子里 徳間書店

『コミックリュウ』に発表された短篇を集めたもので、私は初見でした。水がテーマなので海や雨が多く出てきます。ゆったり、ほんわりとした優しさに包まれた不思議なSFです。どれも良いのですが、特に「ぎゅう」が気に入りました。こういう感覚って、言葉で説明できないのですが「なんとなく本当はこうだったらおもしろい」と思えるツボなのです。これはオススメです。

テルマエ・ロマエ ヤマザキマリ

「テルマエ・ロマエ」1巻~ ヤマザキマリ エンターブレイン
昨年大ブームを起こした作品です。「マンガ大賞2010大賞」「手塚治虫文化賞短篇賞」を受賞。以前イタリア家族漫画を読んだことがありましたが、最初はあれを書いた人と同一人物とは思いませんでした。古代ローマに現代日本のお風呂を導入していく話なのですが、これを「上から目線」という人の考え方はよくわかりません。ルシウスが「平たい顔族の風呂はここがすごい!」と思うところでこちらも再発見があり、そして様々な機器類を勘違いしながらもその効果をきちんと読み取り、自分なりに作り直していくところがおもしろい。比較文化論とかいうおおげさなものではありませんが、ルシウスの柔らかい頭に学ぶところは多いです。『コミックビーム』連載中で、まもなく2巻が発売されます。

虫と歌 市川春子

「虫と歌」市川春子 講談社

すごい人が出てきたなと、最初は言葉が出ませんでした。初期の作品こそ高野文子を思いっきり意識した作風でしたが、徐々に離れて行って、今は完全に独自のスタイルを作っています。ネットの中でがっちり論評が出ているので、そちらを読んだ方だ良いです(ひとりで勝手にマンガ夜話webDICE マンガ漂流者(ドリフター))。『ユリイカ』2010年2月号に小特集が載っています。

『アフタヌーン』に1年に1作ずつ描いていったもので、もうデビューして5年です。この単行本の後はスピードアップしたのか、今年に入って2本すでに発表されています。シンプルで細い線、白と黒とグレーのシンプルな組み合わせ。本当にマンガってこれだけシンプルなものなのだなということが実感できる絵です。お話はとても不思議なSFなのに、徹底した家族愛。特に兄弟が繰り返し出てきます。最新作「25時のバカンス」では姉と弟になっていますが、兄と弟、兄と妹だったり、いずれも微妙な人間関係で、だからこそエロティック。それにしても「虫と歌」っていうのは、なかなか手に取りにくいタイトルだなと思ったりします。私、虫がダメなので。

ともだち100人できるかな

「友達100人できるかな」1~3巻 とよ田みのる 講談社
ごくたまに連載を読んでました。肩に力の入っていないものを読みたいときに、ちょうどいい感じのSF作品。子供時代に戻っているせいか、こちらものびのびとした気持ちになれるのが不思議です。『アフタヌーン』で連載中。

第七女子会彷徨

「第七女子会彷徨」1~2巻 つばな 徳間書店

初見。そもそもイマドキの普通の女子高生がこんなに天然でかわいいのかどうか、それすらわからない私に、これが日常生活の中での異世界なのかどうかもわかりません。しかし、どんな不思議なことが起きても、女子高生はきっとたくましく対応していくのだろうなと思えます。二人とも恋に無縁なため余計な雑音が入ってこなくて、純粋に不思議な世界を楽しめるところもポイントでした。尾崎翠の「第七官界彷徨」からタイトルはとられているようです。『コミックリュウ』で連載中。

初見の作品もありましたが、興味深い作品ばかりでした。やはり『コミックリュウ』や『コミックビーム』『アフタヌーン』といった普段少女マンガとは縁のないところでがんばっている人たちです。その中で王道少女マンガとして『flowers』『KISS』も健闘しているというところでしょうか。門倉さん、おもしろい作品を教えてくださって、ありがとうございました。