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2011年3月 4日

ラテンアメリカ十大小説

ラテンアメリカ十大小説こんな良い本を読んでからラテンアメリカ文学に入っていける読者は幸運だ。新書は新しい知識を得ようとするときに必要なもの。その道のプロが何の知識もない人に、ていねいに概略を教えるものだ。知らない人にものを説明するほど、難しいものはない。その道の専門家が平易な文章で素人に向けて書く。とてもレベルの高い仕事だ。私も筒井康隆の新書(多分「本の森の狩人」)でラテンアメリカ文学を知った。新書は新しい読者獲得のための大切な仕事だ。

巻末に主要作品リストが添えられていた。白状すると、コルタサルが半分くらい、その前のボルヘス、カルペンティエル、アストゥリアスは壊滅状態なんである。でも、ガボ以後は全部読んでる。あ、違った。フェンテスの「聖域」と「脱皮」はまだだった。積読のまま忘れていた。

ボルヘスは短編ばかりなので、手を出さなかっただけのこと。基本、自分は長編が好みなので。カルペンティエルとアストゥリアスは長編だから当然手を出して、途中で挫折してしまいました。すみません...。私にはちょっと口調が堅すぎたかなというか難解だったかな...。コルタサルは短編は何とか読んだが、「石蹴り遊び」は第三部でやはり挫折...。

本書を読むと自分が「ブーム」の後からしか手をつけていないのがわかる。自分はリョサが一番好きで、多分次くらいにガボが来るのだろうけど、本当に親しみを感じているのはマヌエル・プイグ。プイグの何が良いって、繊細で優しいところ。腐女子を名乗れるほどにはBLに手を出していないが、女性がゲイを好むのはある意味では当然だ。男性原理から離れた世界を親しく感じるのは不思議ではない。そのわりに自分は女性作家をほとんど読まない。あまりべったりされるのもイヤなんだろう。だからトーベ・ヤンソンとかガードルード・スタインが好きなのかもしれない。今気がついた。

カルロス・フエンテス「我らが大地」だけ邦訳が出ていない。企画としてはあるらしいが、スペイン語がたいへん難しいのだそうな。フェンテスは透明感があるというか、おどろおどろしくないというか、ガボやリョサほどの暑苦しくはないけど、決して読みづらくはない。もう少し読んでみた方が良い気がしている。ところでフエンテスなのかフェンテスなのか、表記が結構別れてるなぁ。ジョサ/リョサほどではないけれど。ドノソも好きだ。どろどろ妄想系とブルジョア系の差が激しくていい。

イサベル・アジェンデが「十大小説」に入っているのが若干疑問だが、「精霊たちの家」だけは確かに面白かった。「エヴァ・ルーナ」も悪くなかったし「パウラ」は別の意味で興味深い。しかし、それ以後が厳しかった。児童文学に走ったのは正解でしょう。やはりポスト・ブームと言えばこの人になってしまうのかな?ボラーニョとか...新書に載るほどの一般性はないのだろうか?

■書誌事項
著者:木村榮一著
書誌事項:岩波書店 2011.2.18 192p ISBN978-4-00-431296-3(岩波新書)

■目次
序──物語と想像力
1 ホルヘ・ルイス・ボルヘス『エル・アレフ』──記憶の人、書物の人
2 アレホ・カルペンティエル『失われた足跡』──魔術的な時間
3 ミゲル・アンヘル・アストゥリアス『大統領閣下』──インディオの神話と独裁者
4 フリオ・コルタサル『石蹴り』──夢と無意識
5 ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』──物語の力
6 カルロス・フエンテス『我らが大地』──断絶した歴史の上に
7 マリオ・バルガス=リョサ『緑の家』──騎士道物語の継承者
8 ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』──妄想の闇
9 マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』──映画への夢
10 イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』──ブームが過ぎた後に

★主な作品リスト
"邦訳のあるもののみ,原著の刊行年順に示す。複数回訳書が刊行きれている作品については、出来るだけ入手しやすいと思われる版を挙げた。"というリストが巻末にあったので参考のためデータ化しておく。出来るだけ入手しやすい版という点を一部修正。上下巻あるものは上巻にだけリンクを貼った。

■ホルヘ・ルイス・ボルヘス
「論議」牛島信明訳,国書刊行会,2000
「永遠の歴史」土岐恒二訳,ちくま学芸文庫,2001
「伝奇集」鼓直訳,岩波文庫,1993
「エル・アレフ」木村榮一訳,平凡社,2005
「続審問」中村健二訳,岩波文庫,2009
「創造者」鼓直訳,岩波文庫,2009
「砂の本」篠田ー士訳,集英社文庫,1995
「ボルヘス,オラル」木村榮一訳,水声社,1987

■アレホ・カルペンティエル
「エクエ・ヤンパ・オー」平田渡訳,関西大学出版部,2002
「この世の王国」木村榮一・平田渡訳,水声社 1992(元ではサンリオ文庫だが入手しやすいのはこちら)
「失われた足跡」牛島信明訳,集英社文庫,1994
「時との戦い」鼓直訳,国書刊行会,1977
「光の世紀」杉浦勉訳,書肆風の薔薇,1990
「春の祭典」柳原孝敦訳,国書刊行会,2001
「ハープと影」牛島信明訳,新潮社,1984

■ミゲル・アンヘル・アストゥリアス
「グアテマラ伝説集」牛島信明訳,岩波文庫,2009
「大統領閣下」内田吉彦訳,集英社,1990

■フリオ・コルタサル
「遊戯の終り」木村榮一訳,国書刊行会,1990
「秘密の武器」世界幻想文学大系30,木村榮一訳,国書刊行会,1981
「石蹴り遊び」上・下,土岐恒二訳,集英社文庫,1995
「すべての火は火」木村榮一訳,水声社,1993
「愛しのグレンダ」野谷文昭訳,岩波書店,2008
「通りすがりの男」木村榮一ほか訳,現代企画室,1992
「コルタサル短篇集 悪魔の誕・追い求める男 他八篇」木村榮一訳,岩波文庫,1992

■ガブリエル・ガルシア=マルケス
「百年の孤独」鼓直訳,新潮社,2006
「族長の秋」鼓直訳,新潮社,2007
「予告された殺人の記録」野谷文昭訳,新潮社,2008
「コレラの時代の愛」木村祭一訳,新潮社,2006
「迷宮の将軍」木村榮一訳,新潮社,2007
「生きて,語り伝える」旦敬介訳,新潮社,2009
「エレンデイラ」鼓直・木村榮一訳,ちくま文庫,1988

■カルロス・フエンテス
「フェンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇」木村榮一訳,岩波文庫,1995
「アルテミオ・クルスの死」木村榮一訳,新潮社,1985
「聖域」木村榮一訳,国書刊行会,1978
「脱皮」内田吉彦訳,集英社,1984
「遠い家族」堀内研二訳,現代企画室,1992
「老いぼれグリンゴ」世界文学金集II-08,安藤哲行訳,河出書房新社,2009
「セルバンテスまたは読みの批判」牛島信明訳,水戸社,1991
「埋められた鏡」古賀林幸訳,中央公論社,1996

■マリオ・バルガス=リョサ
「都会と犬ども」杉山晃訳,新潮社,2010(1987修正)
「緑の家」上・下,木村榮一訳,岩波文庫,2010
「ラ・カテドラルでの対話」桑名一博・野谷文昭訳,集英社,1984
「フリアとシナリオライター」野谷文昭訳,国書刊行会,2004
「世界終末戦争」旦敬介訳,新潮社,2010(1988修正)
「誰がパロミノ・モレーロを殺したか」鼓直訳,現代企画室,1992
「密林の語り部」西村英一郎訳,新潮社,1994
「官能の夢――ドン・リゴベルトの手帖」西村英一郎訳,マガジンハウス,1999
「チボの狂宴」八重樫克彦・由貴子訳,作品社,2010
「楽園への道」世界文学全集I-02,田村さと子訳,河出書房新社,2008
「果てしなき饗宴――フロベールと「ボヴァリ一夫人」」工藤庸子訳,筑摩書房,1988
「嘘から出たまこと」寺尾隆吉訳,現代企画室,2010
「若い小説家に宛てた手紙」木村築ー訳,新潮社,2000

■ホセ・ドノソ
「この日曜日」筑摩世界文学大系83,内田吉彦訳,筑摩書房,1976
「夜のみだらな鳥」鼓直訳,集英社,1984
「三つのブルジョワ物語」木村榮一訳,集英社,1994
「隣りの庭」野谷文昭・野谷良子訳,現代企画室,1996
「ラテンアメリカ文学のブーム」内田吉彦訳,東海大学出版会,1983

■マヌエル・プイグ
「リタ・ヘイワースの背信」内田吉彦訳,国書刊行会,1990(1980修正)
「赤い唇」野谷文昭訳,集英社文庫,1994
「ブエノスアイレス事件」鼓直訳,白水Uブックス,1984
「蜘妹女のキス」野谷文昭訳,集英社文庫,1988
「天使の恥部」安藤哲行訳,国書刊行会,1989
「このページを読む者に永遠の呪いあれ」木村榮一訳,現代企画室,1990
「南国に日は落ちて」野谷文昭訳,集英社,1996

■イサベル・アジェンデ
「精霊たちの家」世界文学全集II-07,木村榮一訳,河出書房新社,2009
「エパ・ルーナ」木村榮一,新谷美紀子訳,国書刊行会,1994
「エバ・ルーナのお話」木村榮一・窪田典子訳,国書刊行会,1995
「天使の運命」上・下,木村裕美訳,PHP研究所,2004
「パウラ,水泡なすもろき命」管啓次郎訳,国書刊行会,2002

■その他の作家たち
ファン・ルルフォ「燃える平原」杉山晃訳,書肆風の薔薇,1990
「ペドロ・パラモ」杉山晃・増田義郎訳,岩波文庫,1992
ロドリゴ・レイローサ「その時は殺され......」杉山晃訳,現代企画室,2000
ロベルト・ボラーニョ「通話」松本健二訳,白水社エクス・リブリス,2009
「野生の探偵たち」上・下,柳原孝敦・松本健二訳,白水社エクス・リブリス,2010
オラシオ・カステジャーノス・モヤ「崩壊」寺尾隆吉訳,現代企画室,2009

■本書で言及した文献
ウラジミル・ウェイドレ「芸術の運命アリスタイオスの蜜蜂たち」前田敬作・飛鷹節訳,新潮社,1975
小川洋子「博士の愛した数式」新潮文庫,2005
開高健「オーパ!」集英社文庫,1981
開高健「才覚の人 西鶴」「開高健全集」第20巻,新潮社,1993
ミラン・クンデラ「小説の精神」金井裕・浅野敏夫訳,法政大学出版局,1990
司馬遼太郎「街道をゆく 愛蘭土紀行」I・II,朝日文庫,1993
バァナァド・ショウ「思想の達し得る限り」相良徳三訳,岩波文庫,1931
ジョナサン・スウィフト「ガリヴァ旅行記」中野好夫訳,新潮文庫,1951
ジョージ・スタイナー「脱領域の知性――文学言語革命論集」由良君美ほか訳,河出書房新社,1972
種村季弘「魔術的リアリズム――メランコリーの芸術」ちくま学芸文庫,2010
新倉俊一「ヨーロッパ中世人の世界」ちくま学芸文庫,1998
バーナード・バーゴンジー「現代小説の世界」鈴木幸夫・紺野耕一訳,研究社,1975
フロイト「夢判断」上・下,高橋義孝訳,新潮文庫,1969
メダルト・ボス「夢」三好郁男ほか訳,みすず書房,1970
ホメロス「オデュッセイア」上・下,松平千秋訳,岩波文庫,1994
ハンス・マイヤーホフ「現代文学と時間」志賀謙・行吉邦輔訳,研究社,1974
クロード・エドモンド・マニー「アメリカ小説時代」三輪秀彦訳,フィルムアート社,1983

2010年9月 3日

池澤夏樹個人編集 世界文学全集 第3集 短篇コレクションI

池澤夏樹個人編集 世界文学全集 第3集 短篇コレクションI河出書房の世界文学全集、南米で初訳だけという限定で買おうとしたら結局「楽園への道」だけになってしまった。初訳はないが「南部高速道路」をトップに持って来たというセンスの良さと、ルルフォを欠かさなかった正しさを評価して、「短篇コレクションI」を読んでみた。

フリオ・コルタサル「南部高速道路」
この作品、「悪魔の涎・追い求める男」ではなく、『ユリイカ』1983年7月号の「ラテンアメリカ文学」で初めて読んだ。そのとき作りたいと思っていたものを、今回良い機会なので、作ってみた。

南部高速道路

クルマの配置図なのである。1列12台だが、外側は省略した。プジョー404を中心にしているが、前のシムカとタウナスの位置関係がわからない。読むと、両方ともプジョー404の前のように見える。また今ひとつ確認できないのが、IDシトロエンとボリューだ。誰か、これが正しいというのを教えて欲しい。
この話はいわば都会の遭難物語なのである。8月からたぶん11月か12月頃にかけてのパリに向かう道路が舞台。片側6車線の上下線を合わせ12車線全部を上りにしているから上記の図は右にあと3台、左にあと2台いるはず。食料や水の確保、医療や看護の相互扶助等からリーダーが自然発生的に生まれ、共同体が創設される。その中では諍いも起こるし、他のグループとの駆け引きも発生するし、中には失踪する者あり、自殺する者あり、病死する者あり、妊娠する者ありという、不条理というか(来るはずのものを待っているからゴドー待ち?)ファンタジイというか、少し変わった物語が進行する。最後に渋滞が突然解消され、共同体は崩壊する。日常の中での遭難というテーマがおもしろくて、この話はよく覚えている。

オクタビオ・パス「波との生活」
この作品には「波と暮らして」という訳もある。どちらの方が正しいかなんて、私にはわからない。この先二人でどうやって逃げるのだろう、わくわく、と思わせて、一瞬で捕まって1年経ってしまうという展開は時間の使い方が意表をつく。

フアン・ルルフォ「タルパ」も昔のメキシコの聖人信仰の強さなど知らないとわからないかもしれない。それにしても暗い...底抜けに暗いけど、ルルフォ短篇の完成度の高さ、流れの美しさには毎回感動を覚える。

張愛玲「色、戒」
戦前から戦時中初期の中国のスパイものって、こういう雰囲気にならざるを得ないのか。衣装とかきらびやかさは「上海バンスキング」?二人で「相手は自分を愛している」と思っているところがおもしろい。

ユースフ・イドリース「肉の家」
イスラームの禁欲主義から、こんなえぐい話が出来てしまう。日本も戦前の田舎で、封鎖的で人の目がうるさそうなところほど、夜這い文化があったりするからなぁ。でもこの話、目の見えない人をなめてるでしょう。こんなの、絶対わかると思うよ。

P.K.ディック「小さな黒い箱」
黒い箱ってiPhoneの黒ですか?なわけない。テレビの前においた取っ手のついた黒い箱で宇宙人と交流できるSF。禅ブームだったアメリカの頃を思えば古くさいと感じられるし、この黒い箱をガジェットの一つと思えば新鮮に感じられる。

チヌア・アチェベ「呪い卵」
短いながら、天然痘のせいで人気のなくなった市場の恐ろしい空気がじわっと感じられる作品。キーワード一つ一つが私の思うアフリカ文学らしさ満載だ。「キティクパ=天然痘」「お飾りをもらう=天然痘にかかる」「夜の仮面」「鈍いの卵」等。ナイジェリアというと、どうしても知人のアフリカ人のビジネスマンを思い浮かべてしまうのだが、大きく外れてはいないのかもしれない。

金達寿「朴達の裁判」
なるほど、プロレタリア文学にユーモアは少ない。みんなきまじめすぎる。こんな転向してばかりの主人公は通常の左翼文学では許されないだろう。それにしても、100ページ近い。これは短篇か?。

ジョン・バース「夜の海の旅」
「泳ぐ」を「生きる」と読み替えて読むと、すんなり読めてしまう。

ドナルド・バーセルミ「ジョーカー最大の勝利」
アメコミが嫌いなので、全然わかりません。

トニ・モリスン「レシタティフ─叙唱」
白人と黒人の女の子が8歳のときに児童養護施設で知り合って、その後大人になって再会し...なんていう出だしだったので、ベタベタな友情ものを一瞬想像したが、そんなことはまるでなかった。意図的にどちらが黒人でどちらが白人かわからないように描かれていて、あえて混乱させようと、人種的アイデンティティをわからなくさせてから読ませようとしている。私は「ロバータは黒人、トワイラは白人」と根拠なく決めて読んでいた。そうでもしないと居心地悪くて読み進められなかったからだ。この紀要の「人種をこえる娘たち」が詳しい。

リチャード・ブローティガン「サン・フランシスコYMCA讃歌」
よくわかりませんが、おもしろいかな。

ガッサーン・カナファーニー「ラムレの証言」
人にやられてイヤだったことは人にするのをやめましょう...という民族的記憶というのは存在し得ないのだろうか。老人と少年の視線が交錯したそのとき、引き継がれた何かがあったのだということが、じわっとわかる。哀しい記憶が引き継がれてしまったのだろう。

アリステア・マクラウド「冬の犬」
雪と氷に閉ざされた冬の厳しさとゴールデンリトリバーの黄金色の毛のふさふさ感がなんともいえずマッチしていて、カナダらしいと言えばそうなのだが、何とも感じの良い作品だ。カナダっていうとこういうイメージだが、日本の東北っぽさがないのは、海のせいか、木の高さのせいか?

レイモンド・カーヴァー「ささやかだけど、役にたつこと」
パン屋がなぜ「こんなふう」になってしまったのか。空虚な人生を送って行くことが、どれほどの対価を支払わなくてはならないことになるのか、というお話かなと。彼は少しでも取り戻すように、若い夫婦と夜を徹して話しているのだろう。

マーガレット・アトウッド「ダンシング・ガールズ」
「緑したたる未来の楽園はあらかじめ失われている」それでも夢を見てもいいでしょう?アラブの民族衣装を着た彼ら、みんなが一緒にいるところを。いい話だと思う。さすが岸本佐和子訳。ジャンル的に積極的には読まないが、文芸誌やアンソロジーで見かける岸本さんの訳された作品はおおむねおもしろい。
変な下宿屋で息が詰まるお話かと思いきや、なかなか愉快。それにしてもどうして狭量な中年女性の子供は、頭の悪い粗野な子供になるんだろうな。

高行健「母」
懺悔の話なのだけれど、「僕」というのが辛くなって、「彼」と言ってしまって混在しているところが、すごくいい。中国人は親を、子を大切にするものだと思っていたのだけど、文革とか天安門とか、いろいろあったからかな。こういう物語が出てくるのは。

ガーダ・アル=サンマーン「猫の首を刎ねる」
比較的最近見たテレビでイスラム圏から日本に留学している若い女性が「自分の国では貧乏な男とぶさいくな女は一生結婚できない。」と言い切っていた。一夫多妻制だから財産のある男のところに美人が集中し、子供もそこでたくさん産まれるから、それでいいらしい。と語る留学生本人は美人だったけど、それがイヤで留学してるんだろうに。テレビで顔を出すなんて、ナディーンのバンジージャンプ並にすごいことでは?それにしてもおばさんの花嫁の口上はすごい。奴隷どころか、二次元の女の子以上ですよ、みなさん。

目取真俊「面影と連れて」
沖縄の話というと、戦前戦時中の話が多いのだが、これは戦後(1955)~海洋博(1975)の頃の話。うっすらと記憶に残っている。主人公の女性は逆子で産まれてきて、少し知的な遅れがあって、親からは見捨てられ、小学校でいじめにあって登校拒否になる。悲惨と言えばそうなのだけど、不思議とそんな感じはしない。

■書誌事項:河出書房新社 2010.7.1 ISBN978-4-309-70969-7
■内容:
「南部高速道路」フリオ・コルタサル著,木村榮一訳 Julio Cortázar : La autopista del sur, 1966 (「悪魔の涎・追い求める男」1992)アルゼンチン
「波との生活」オクタビオ・パス著,野谷文昭訳 Octavio Paz : Mi vida con la ola (「鷲か太陽か?」2002)メキシコ
「白痴が先」バーナード・マラマッド著,柴田元幸訳(「喋る馬」2009)アメリカ合衆国
「タルパ」フアン・ルルフォ著,杉山晃訳 Juan Rulfo : Talpa, 1950 (「燃える平原」1990)
「色、戒」張愛玲著,垂水千恵訳(新訳)上海
「肉の家」ユースフ・イドリース著,奴田原睦明訳(「集英社ギャラリー 世界の文学 20 中国・アジア・アフリカ」1991)エジプト
「小さな黒い箱」P.K.ディック著,浅倉久志訳(「ゴールデン・マン」1992)アメリカ合衆国
「呪い卵」チヌア・アチェベ著,管敬次郎訳(新訳)ナイジェリア
「朴達の裁判」金達寿著(「金達寿小説全集6」1980)在日朝鮮
「夜の海の旅」ジョン・バース著,志村正雄訳(「アメリカ幻想小説傑作集」1985)アメリカ合衆国
「ジョーカー最大の勝利」ドナルド・バーセルミ著,志村正雄訳(「帰れ、カリガリ博士」1980)アメリカ合衆国
「レシタティフ─叙唱」トニ・モリスン著,篠森ゆりこ訳(初訳)アメリカ合衆国
「サン・フランシスコYMCA讃歌」リチャード・ブローティガン著,藤本和子訳(「芝生の復讐」1976)アメリカ合衆国
「ラムレの証言」ガッサーン・カナファーニー著,岡真理訳(『前夜 2005年春号』2005)パレスチナ
「冬の犬」アリステア・マクラウド著,中野恵津子訳(「冬の犬」2004)カナダ
「ささやかだけど、役にたつこと」レイモンド・カーヴァー著,村上春樹訳(「大聖堂」2007)アメリカ合衆国
「ダンシング・ガールズ」マーガレット・アトウッド著,岸本佐和子訳(「ダンシング・ガールズ」1989)カナダ
「母」高行健著,飯塚容訳(「母」2005)中国
「猫の首を刎ねる」ガーダ・アル=サンマーン著,岡真理訳(初訳)シリア
「面影と連れて」目取真俊著(「魂込め」1999)沖縄

2008年2月28日

愛しのグレンダ

愛しのグレンダフリオ・コルタサル(1914-1984)はアルゼンチンの作家で、1960年代のラテン・アメリカ文学のブームの代表的な作家の一人。だから好きかと聞かれたとしたら、おそらく私は即答できないだろう。ボルヘスは積極的に読まないけれど、コルタサルは消極的に読む、といった感じ。「石蹴り遊び」に挫折したのも消極的になってしまう理由の一つだ。が、一応短編集なら読める。コルタサルの短編は非常によく出来た短編で、スタイリッシュというか技術的に洗練された作品が多い。もともと私は短編は長編より好きではない。その理由は短編ならではのストイックさやにあるのかもしれないが、コルタサルの場合は特に洗練されすぎているのかもしれない。

しかし、面白いことは確かだ。今回の短編集は後期を代表する短編集だそうだが、とても怖かった。ミステリー仕立てだから怖いというのもあるだろうが、日常の中に潜む幻想的な部分や、現実の中にちらと顔を覗かせる恐ろしい出来事が多いからだろう。超現実的なホラーは怖くないが、日常に潜む恐怖は本当に怖い。

「猫の視線」は導入にふさわしい美しい一品。「愛しのグレンダ」は狂信的な女優のファンたちの話で、最後に彼女にふさわしい贈り物を贈る話。出来としては一番良いと思う。

「トリクイグモのいる話」は南の島のバンガローにやってきた「私たち」が隣のバンガローにいる女性二人を気にしつつ、休暇を過ごす。この二人が何かをフラッシュバックのように記憶しているが、「ミシェルの農園に戻ってきたマイケルの白い裸体」が何を意味するのか。そしてこの二人と隣のバンガローの二人の女性の意味は?と思いつつ読み進めると、日本語には男性名詞・女性名詞がないから最後まで読んでようやくわかることがある。

「ノートへの書付」はブエノスアイレスの地下鉄に住む、地上転覆を企む組織の人々を追った話。理不尽にも地下鉄に住む人々の様子から全体主義への怒りが感じられる。目的は何にせよ、地下鉄に密かに住む人々がいて、その人たちがどうやって食事をとり、服を取り替え、眠っているのか、詳細な調査の結果はまさに「肥大化した妄想」だ。アルゼンチンの地下鉄と言えば昔の丸の内線の電車が走っているので有名だが(私も乗ったことがある)、この話に出てくる駅は実際はないものが多い。「フロリダ通り」とか実際にある有名な通りなので、騙されそうになった。路線図(Subte.com.ar)

「ふたつの切り抜き」はこの短編集の中で一番印象に残った作品だが、1970年代のアルゼンチンの軍事政権のすさまじさのせいだろう。「帰還のタンゴ」は痴情のもつれの果ての殺人が描かれている。タンゴは男が女を刺すのだが、この話は女が男を刺す。日本語の「帰還」の単語に「タンゴの逆」という意味をダブルミーニングさせているようだ。「クローン」も痴情のもつれの果ての殺人事件。8人の登場人物の相関図を楽器の編成になぞらえて本編の後ろに補足するというマニアックぶりがコルタサルらしい。「グラフィティ」はあからさまにアルゼンチン軍事政権の背景がある。一つとばして「メビウスの輪」はあと書きにあるように確かに不愉快な面もあるが、この短編集の中では最も実験的な作品と言えるだろう。女性を宇宙と一体化する視点も確かに感じられるが、私にとって印象的だったのは「形のない何か」が何らかの「意識」にとりついて形を成す、という不思議なイメージがあることだ。これはおそらく昔読んだ日本の昔話に「形のない意識のような生命体」というようなものが出てきて、その連想だろうと思う。だが、その話が具体的にどんなものだったのか思い出せなくて、ちょっと悔しい。

最後に、「自分に話す物語」を読んでいて、どうして私がコルタサルに対して、面白いとは思うものの、積極的になれないかがわかった気がした。コルタサルの作品にはここにあるようなユーモアが欠けているのではないだろうか。私が若い頃一応専門で読んでいたドイツ文学から抜け出したかったのは、あのユーモアのなさのせいだ。ラテンアメリカ文学のくせに何故ユーモアが欠けているのか?南米の中では暗めのアルゼンチンの作家だから仕方がないのか?などと勝手なことを思いつつ、この作品のラストは気に入った。幻想的でエロティックな流れにもっていきつつ、最後オムツ取り替えてるんだから。コルタサルにしては、少し意外なオチだった。

■著者:フリオ・コルタサル著,野谷文昭訳
■書誌事項: 2008.1.25 220p ISBN4-00-022152-3/ISBN978-4-00-022152-8
■原題:Queremos tanto a Glenda. Cortázar, Julio, 1980
■目次
猫の視線
愛しのグレンダ
トリクイグモのいる話
ノートへの書付
ふたつの切り抜き
帰還のタンゴ
クローン
グラフィティ
自分に話す物語
メビウスの輪

2001年12月 4日

現代ラテンアメリカ短編選集

■著者:桑名一博編
■書誌事項:白水社 1972.11.20
■内容
転轍手/フワン・ホセ・アレオラ
女王人形/カルロス・フエンテス
聖ヤコブの道/アレッホ・カルペンティエル
バルタサルの素晴らしい午後/カブリエル・ガルシーア・マルケス
アナ・マリア/ホセ・ドノソ
別れ/マリオ・ベネデッティ
ようこそ、ボブ!/フワン・カルロス・オネッティ
原住民/カルロス・マルティネス・モレノ
キルケー/フリオ・コルタサル
泥棒/グラシリアノ・ラーモス
太陽/バスコンセロス・マイヤ
■感想
入手困難だったアンソロジー。ようやく見つけた買えた。特にこのホセ・ドノソが読みたかった。...と期待していたほどではなかったけど。

2001年7月 3日

アルゼンチン短編集

■著者:コルタサルほか著
■書誌事項:国書刊行会 1990.2.1 ISBN4-336-02575-4 (バベルの図書館)

2001年7月 2日

ラテンアメリカ怪談集

■著者:鼓直編
■書誌事項:河出文庫 1990.11 ISBN4-30-946080-1
■内容
火の雨(ルゴネス)
彼方で(キローガ)
円環の廃墟(ボルヘス)
リダ・サルの鏡(アストゥリアス)
ポルフィリア・ベルナルの日記(オカンポ)
吸血鬼(ムヒカ・ライネス)
魔法の書(アンデルソン・インベル)
断頭遊戯(レサマ・リマ)
奪われた屋敷(コルタサル)
波と暮らして(パス)
大空の陰謀(ビオイ・カサレス)
ミスター・テイラー(モンテローソ)
騎兵大佐(ムレーナ)
トラクトカツィネ(フェンテス)
ジャカランダ(リベイロ)

2001年3月10日

『ユリイカ』1983年7月号 特集 ラテン・アメリカの文学

作品
  • 「ラス・マニャニータス」カルロス・フエンテス著,安藤哲行訳 p70〜87
  • 「リナーレス夫妻に会うまで」アドルフォ・ブライス=エチェニケ著,野谷文昭訳 p90〜101
  • 「南部高速道路」フリオ・コルタサル著,木村榮一訳 p122〜141
  • 「花壇の中のベスティアル」レイナルド・アレナス著,杉山晃訳 p150〜172
評論
  • ボルヘスの砂漠:畑山博 p50〜53
  • 「族長の秋」小感:高橋英夫 p54〜57
  • 大地母神と戦う錬金術師:日野啓三 p58〜61
  • テノチティトランの影(C.フェンテス):安藤哲行 p88〜89
  • ユーモアの影の孤独(エチェニケ):野谷文昭 p102〜103
  • 二十世紀小説とラテン・アメリカ:中村真一郎,鼓直 p104〜121
  • 時間の中のユートピア(J.コルタサル):木村榮一 p142〜143
  • ラテン・アメリカ文学とジャズ的なるもの:旦敬介 p176〜181
  • レイナルド・アレナスのめくるめく日々:杉山晃 p173〜175
  • ラテン・アメリカの演出家たち p144〜149
■感想 短篇4作品と評論。及び対談。すでに「ラテンアメリカ文学」特集号を入手していたため、長いこと存在に気づかなかった号。既読の小評論と対談で、特に目新しいものはなかったが、レイナルド・アレナスの作品を読んだのは初めて。期待できそう。

2001年2月17日

ダブル ダブル

■著者:マイケル・リチャードソン編,柴田元幸,菅原克也訳
■書誌事項:白水社 1990.2.25(1992.5.15第7刷) ISBN4-560-04264-0
■感想
「分身」をテーマにしたアンソロジー。「双子」「影」「自分の人造人間」「鏡」といったモティーフをもった作品を14作集めたもの。収録作品は
  • かれとかれ/ジョージ・D.ペインター
  • 影/ハンス・クリスチャン・アンデルセン
  • 分身/ルース・レンデル
  • ゴーゴリの妻/トンマーゾ・ランドルフィ
  • 陳情書/ジョン・パース
  • あんたはあたしじゃない/ポール・ボウルズ
  • 被告側の言い分/グレアム・グリーン
  • ダミー/スーザン・ソンタグ
  • 華麗優美な船/ブライアン・W.オールディス
  • 二重生活/アルベルト・モラヴィア
  • 双子/エリック・マコーマック
  • あっちの方では―アリーナ・レイエスの日記/フリオ・コルタサル
  • 二人で一人/アルジャーノン・ブラックウッド
  • パウリーナの想い出に/アドルフォ・ビオイ=カサーレス
この中に収録されている「パウリーナの想い出に」が読みたくて購入した。小さい頃から一緒で、魂が結ばれている、二人は一人だと信じていた恋人の突然の心変わりに、傷心のままヨーロッパへ去り、2年後に帰って来た彼の元へ、再び恋人が現れるが‥。結末、というよりは本人の解釈の問題なんだろうけど、わりと意外な結末だった。 他に面白かったのはルース・レンデルの「分身」くらいなもので。一応シャム双生児とか出てくるけど、いまひとつだった。「ドッペル・ゲンガー」の創始者とも言えるジャン=パウルを原文で読んだのは、大学の頃だっけか。独文やってて、このモチーフ知らないでは通らない。ゲーテだって、自分の分身に会った話とか残してるし。文学的にはおいしいのよね。
私の場合、もっと感覚的にこれの存在は子供の頃からあって、鏡がまともに見られるようになったのは、ずいぶん大人になってからだった。だから独文を選んだのかもしれないな。 しかし、少なくともこの本では萩尾望都「半神」以上の作品には巡り会えなかったな。16ページの短篇としては最高傑作だと、やはり今でも思うが、それ以上に、これほどストレートで怖い「双子」の話もないなぁと思う。 (bk1にて購入。7,000円以上だと送料無料なので、ついつい買いすぎた)