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2011年4月 5日

低開発の記憶―メモリアス

低開発の記憶―メモリアス1961年のキューバ革命直後のキューバ国内の姿をドキュメンタリー映像と合わせて映し出した映画。ダンスで浮かれる人々の中に突然響き渡る銃声。しかし音楽はやまず、死体を避けて踊り続ける群衆。混乱の中、誰かが死体を運び去る...という衝撃的なオープニング。途中、生々しい死体と華やかなハバナのクラブシーンが登場して、実に混乱する。

キューバは謎だ。この映画は1968年にキューバ国内で製作されている。こんなブルジョアのモラトリアムで退廃的でどっちつかずの無職有産階級のだらっとした姿をよく撮影したなと思う。「だからブルジョアはダメ」といった短絡的な宣伝映画ではなく、レベルの高い作品に仕上がっている。

革命後も家賃収入で暮らす主人公が国内で存在し得ていることも不思議だ。いずれ彼のマンションも国有化を免れ得ないことを暗示する不動産調査も登場するが、すぐには没収されない。裁判でもブルジョア×人民であれば、たとえ冤罪でも当然人民が勝つものと思って見ていると、ブルジョアの主人公の主張通りとなり無罪となる。キューバ革命とは、それまでの教条主義的な革命と異なることを訴えているのだろうか。そんなふうにも思えない。キューバ革命はやはり謎だ。

主人公の「西欧人をめざす」という指向性は革命前のインテリらしい。革命に共鳴できず、祖国を「低開発」とあざけるわりには出て行こうとしない。わずらわしい家族から逃れるためだけか、現実逃避か、現実を直視できないのか。どうもそうでもないらしい。目の前のキューバを見ていたかった、というのが本当のところのように見える。

それにしても人生に対しても社会に対してもどこか投げやりなところが見える主人公。やることと言えば女の子をひっかけて自分の好みに仕上げようとするだけ。そんな態度にはやはり理由があることがわかる。若い頃に記憶を遡っていくと、彼も人生に挫折し、絶望している。その優柔不断さ故に。

映画はモノクロでリアリスティックだが、コラージュや幻想的なシーンもある。少しヒステリックな音楽もで印象的で、確かに傑作だ。まもなく刊行される原作が楽しみだが、旧訳があったらしい(「いやし難い記憶」小田実訳、筑摩書房 1972)。映画の字幕を担当された野谷先生が、旧訳のあまりのひどさに、新たな翻訳に取り組まれたのではないかと勝手な想像をする。

キューバは長らく謎だった。「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」では過去を懐かしむ哀しそうな芸術家たちと、貧しいけれど明るい普通の人々が不思議な調和を見せていた。レイナルド・アレナスによると芸術家やゲイにとっては地獄らしい。「苺とチョコレート」では悲しいこともあるけれど、悪くないかもと思わせる。ヤマザキマリによると地元の人でもサトウキビ畑で働くのは苛酷で嫌うらしい。ゲバラのせいで医療が発達し、カストロのせいで野球は強く、かつて世界に誇る音楽家たちを排出したキューバ。アメリカによる経済封鎖が未だに解かれていない...。私の頭の中は混乱状態。「永遠のハバナ」とか見れば少し落ち着くかな。


ラテン・アメリカの映画については、あまり多くは見ていないが、原作から影響されて見ることがたまにある。「苺とチョコレート」もそのパターン。その監督の若い頃の作品で、原作が刊行されるのをきっかけに見てみようかと思った。どちらが先がいいのかなーと思ってつぶやいたら@cafecriollo 先生に「どちらが先でもOKだけど、映画は必見」とプッシュしていただいたので、何はともあれDVD購入。震災後、ずっと本も映画も受け付けなかったので、人に勧めてもらって無理矢理にでも見れば、きっと動き出せる。そう思ったが、やはり見てよかった。何かきっかけになるような気がする。

放射能が漏れ出している小さな島国から逃げ出さないでいる自分と少し重なるのが怖い。


公式サイト
■監督:トマス・グティエレス・アレア
■脚本:トマス・グティエレス・アレア/エドムンド・デスノエス
■原作:エドムンド・デスノエス
■音楽:レオ・ブロウェル
■出演:セルヒオ・コリエッリ/デイジー・グラナドス/エスリンダ・ヌニュス/オマール・ヴァルデス/レネ・デ・ラ・クルス

2004年10月13日

世界文学のフロンティア 5 私の謎

世界文学のフロンティア 5 私の謎■著者:今福龍太編
■書誌事項:1997.2.10 岩波書店 ISBN4-00-026145-2
■内容
〈わたし〉をめぐる揮発性の原理(今福龍太)
だれでもない人々(フェルナンド・ペソア著,菅啓次郎選・訳)
雨に踊る人(アルトゥーロ・イスラス著,今福龍太訳)
暗闇にとりくむ(ジミー・サンティアゴ・バカ著,佐藤ひろみ,菅啓次郎訳)
『ヴォルケイノ』より(ギャレット・ホンゴー著,菅啓次郎訳)
シャム双生児と黄色人種―メタファーの不条理性を通して語る文化的専有とステレオタイプの脱構築(カレン・テイ・ヤマシタ著,風間賢二訳)
『ザミ 私の名の新しい綴り』より(オードリー・ロード著,有満麻美子訳)
記憶の場所(トニ・モリスン著,斎藤文子訳)
『私の父はトルテカ族』より(アナ・カスティーリョ著,今福龍太選・訳)
裸足のパン(ムハンマド・ショクリー著,奴田原睦明訳)
写真に抗して(アンドレイ・コドレスク著,菅啓次郎訳)
物語の終り(レイナルド・アレーナス著,杉浦勉訳)

■感想
レイナルド・アレナスの「物語の終り」を読みたくて買ったのだが、ついでに他の作品も読んでみると、これがまた非常に濃い。一作ごと読むのがたいへんだ。全体のトーンとして、何らかの形でマイノリティに所属するたちの物語である。
フェルナンド・ペソアはポルトガルの詩人。ヴェンダースの「リスボン物語」で言及されていたのを思い出す。アルトゥーロ・イスラスはメキシコ系アメリカ人(チカーノ)文化の先駆者。ジミー・サンティアゴ・バカもやはりチカーノで、自伝的なエッセイ「暗闇にとりくむ」の暗闇とはチカーノたちがみなもっている暗闇を正面から見つめたものだ。
「ヴォルケイノ」のギャレット・ホンゴーはハワイの日系三世だが、幼いうちにロサンゼルスに転居し、ティーンエイジャーの時代をそこで過ごし、大学以後、アメリカの諸都市に住む。「ヴォルケイノ」では結婚してハワイに帰って暮らしていた頃のことが描かれている。祖母は日本人の芸妓だった。そしてその息子である自分の父親の孤独な人生。ホンゴーの日本人としての系譜、ハワイ人の系譜、そしてアメリカ人としての育ち。最終的に「帰郷」した気持ちを見つけるまでの物語である。
カレン・テイ・ヤマシタの小説も何というか、複雑なもので、ヤマシタの書いた小説に対する論文という形式をとっているが、そんな小説はもちろんない。論文の注がマジメに探すと実は本物も混じっているらしいが、私には当然わからない。アジア系アメリカ人だ。
オードリー・ロードは黒人でレズビアン。またまた二重の意味でマイノリティ。今でこそ「黒人」はマイノリティなのか?だが、1960年代だから、それはもうマイノリティだ。詩とノンフィクションを書くので、どうも小説はないようだ。この作品が当初の目的だったアレナスを除くと一番面白かった。
「裸足のパン」はアラビア語で書くモロッコ方面の作家。悲惨な物語だが、こういうピカレスク文学は大好きだったりする。
さて、アレナスだが、遺稿集の中の一品で、美しいが死の予感に充ち満ちた、少々陰鬱な作品。この人はエネルギッシュなものばかりなので、こういう静かなものは意外だった。もっと翻訳出ないかな。
もう最近は国際情勢が複雑で、○○という国の作家、というのは意味をなさず、○○語で書く作家という表記をするよりほかない。独文は昔からそうで、スイス、オーストリア、ドイツの三国にまたがるので、私たちは「ドイツ語で書く作家」だと教わって来た。旧ユーゴや旧チェコ・スロヴァキアも、それぞれ言語があり、何語を選択するかも作家の主義主張や背景を映し出すため、非常に重要な要素になる。

2004年7月25日

夜になるまえに

夜になるまえに■Before Night Falls アメリカ 2000
■スタッフ
監督:ジュリアン・シュナーベル
製作:ジョン・キリク
原作:レイナルド・アレナス
出演:ハビエル・バルデム/オリヴィエ・マルティネス/アンドレア・ディ・ステファノ/ジョニー・デップ/ショーン・ペン/マイケル・ウィンコット
■公式サイト:夜になるまえに
■感想
「苺とチョコレート」を見て思い出した。キューバのホモと言えばレイナルド・アレナス。忙しくて日記をつけてない時期に見たので書いてなかったっけ。あらためて見直してみた。

うーん。フレディ・マーキュリーがいっぱい(笑)。

キューバは典型的なラテンのマチズムの世界なのに、何故ゲイが多いんだろう?そして特に白い目が強いのは何故なんだろう?想像するに、ラテンの男は欲望が強いのでゲイが多い→多いから危険視する。特別にそうなのかもしれないが、アレナスはすごく激しいゲイだ。

レイナルド・アレナスという作家は邦訳されている作品は少ないが、実際は多作である。書くという欲望が強すぎてどうにもならないのだろう。刑務所に入っても書く。そのせいで独房に入れられたりする。

映像化としては、とても良いと思う。見る方として、あまり原作の細かいところにこだわらないようにしているせいもあるが。革命直後のハバナはまだまだ華やかなナイトクラブの世界があり、音楽も残されていたのが、次第に芸術が迫害されて失われていくのだなという寂寥感みたいなものが少し感じられた。

やっぱり海が美しくないと、映像化する意味ないよなぁと思っていたので、その点は満足した。アバンチュールの海も良いし、チューブでマイアミまでわたろうとして失敗した場面もいい。

よくわからなかたのがラストシーン。別にああしなくてもいいと思うんだけど…どうして、そうしたかったのかなぁ。

申し訳ないけれど、映画単体として見てないので、映画自体の感想はちょっとよくわからないという感じですね。あ、ジョニー・デップがちょい役ですが、二役やっていて、とても面白いです。ショーン・ペンも少しだけですが出ています。

2004年7月21日

苺とチョコレート

苺とチョコレート■Fresa y Chocolate 110min キューバ/スペイン/メキシコ 1993
■スタッフ
製作:ミゲル・メンドーサ
監督:トマス・グティエレス・アレア/ホアン・カルロス・タビオ
原作・脚本:セネル・パス
撮影:マリオ・ガルシア・ホヤ
音楽:ホセ・マリア・ヴィティエル
出演:ホルヘ・ペルゴリア/ウラディミール・クルス/ミルタ・イバラ/フランシスコ・ガットルノ/ヨエル・アンヘリノ/マリリン・ソラヤ
■感想
原作は読んでいたのだが、「マジカル・ラテン・ミステリーツアー」を読んで映画を見ていなかったことに気づいたので、DVDを購入。キューバ版「蜘蛛女のキス」というべきか「蜘蛛女のキス」を軟弱にした感じ、というべきか。「蜘蛛女のキス」とは年上のゲイのアーティストvsガチガチの左翼青年という構造は同じだが、国が違うので反体制の側が逆転している。

マッチョな国なのでゲイを否定する土壌の上に共産主義が乗っかって、迫害されて大変なのに、堂々とゲイをやっているのだから、ディエゴは本来勇気のある男なんだろう。それに対して革命のおかげで貧しい農村から出てきて大学に通うことが出来たため、革命に心底魂を捧げているように見えるダビドの方が、いつまでもふられた彼女のことを思っていじいじといじましい。ノン気の方が最初は反発するが、最後は友情で結ばれる展開で、映画では「ナンシー」という見張り役が重要な役回りとなる。

しかし、どうしてああ映画でゲイを見ると、優しくていい人なんだろうなぁ...繊細だし、親切だし、愛情あふれるし。それに「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」で見たハバナとほぼ同一。公園とかそっくりそのまま。舞台が元々は美しい街なので、非常にロマンチック。言い換えれば映画のタイトル通り、甘ったるい。

監督はカストロの友人で体制側の監督だし、検閲も通っているというが、なんだか微妙な気はする。今のキューバの現状を描いてなおかつ体制に対しても肯定すべき点がある取れる部分もあるし、結局反体制の側が出て行くのだから体制側とも言えるし...。反革命分子も「国を思う気持ちは同じ」というところでパスしたのか。一応「ゲイが存在する」と認めたところで進歩なのかな...。

それにつけてもレサマ=リマ、日本で翻訳されないなぁ。国書刊行会の「パラディソ」いつ出るんだかね。

ところで関係ないですがオリンピックの季節となり、何故キューバが野球が強いかというと、やっぱり反米意識からなんでしょうかね。というのも、野球はサッカーと異なり、アメリカが完全に占領した国、たとえば日本、韓国、ニカラグアとかで盛んなんで。

2003年12月20日

僕とゲバラとラティーノたち―ラテンアメリカ放浪記

僕とゲバラとラティーノたち■著者:樋口聡
■書誌事項:スリーエーネットワーク 1999.7.1 ISBN4-88319-136-2
■感想
ちょっと古い旅行記ですが、まぁ、いいかなと。4ヶ月のうち3週間分をキューバ滞在にとっておいて、それ以外の3ヶ月と1週間でアルゼンチン→南米各国→アメリカ、アメリカ→中米→各国キューバというのはちょっと急がし過ぎです(本人も文中に何度も書いてますが)。ほとんどがバスに乗っての移動ばかりで、あまり面白くないです。ゲバラだってバイクだったんだし、人とふれあうチャンスはどんどん減りますよね。少々盛り込み過ぎでは?
最近紀行ものが好きなのは、自分が自由に動けないからです。読む方としては別にガイドブックとして読んでいるつもりはまったくないので、移動手段が何なのかはとても気になります。飛行機は論外。徒歩/バイク/車/バスの順番で好きです。まぁ、だいたいにおいて荷物の多さと期間によって決まるようです。できるだけ長い期間のものが読みたいとは思います。荷物の多いもので、徒歩なんだけど、ロバと馬がついたパターンが面白かったのでした。
あまりに駆け足なので、ちょっとキューバに落ち着いたときの同著者のものも読んでみないと、確かに素人とは違う紀行文かどうかは判断つきませんね。

2002年9月14日

インハバナ―ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ・ストーリー

インハバナ■著者:後藤繁雄,大森克己
■書誌事項:アーティストハウス 2000.1.1 ISBN4-901-14233-X
■感想
これは半分写真集です。いい顔をしたじーさんばっかり写ってます。
ちょっと乱読ぎみな今日このごろなのではしょります。

2002年1月15日

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ■Buena Vista Social Club, 1999 独/米/仏/キューバ
■スタッフ
監督:ヴィム・ヴェンダース Wim Wenders
製作: ライ・クーダー Ry Cooder, ジェリー・ボーイズ
撮影:ロビー・ミュラー Robby Müller
出演:イブライム・フェレール Ibrahim Ferrer/ルベーン・ゴンザレス Rubén González/オマーラ・ポルトゥオンド Omara Portuondo/エリアデス・オチョア Eliades Ochoa/ライ・クーダー Ry Cooder/ コンパイ・セグンド Compay Segundo/オルランド"カチャイート"ロペス Orlando 'Cahaito' López/アマディート・バルデス Amadito Valdés/マヌエル"エル・グアヒーロ"ミラバール Manuel 'El Guajiro' Mirabal/バルバリート・トーレス Barbarito Torres/ピオ・レイバPio Leyva/マヌエル"プンティジータ"リセア Manuel 'Puntillita' Licea/フアン・デ・マルコス・ゴンサレス Juan de Marcos González
■感想
キューバ音楽に魅せられたヴェンダースとライ・クーダーが作った音楽ドキュメンタリー。1997年、ライ・クーダーがキューバの老音楽家たちと録音したアルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は、世界中で100万枚以上のセールを記録し、1997年のグラミー賞を受賞した。2年後、ヴェンダースを伴いライ・クーダーはキューバに戻る。ハバナの情緒豊かな街並みとスタジオ録音風景、アムステルダムでのコンサート、ニューヨーク・カーネギーホールでのステージを織り交ぜ、老ミュージシャンたちのインタビューが収録されている。
ヴェンダースは「夢の涯てまでも」でどうにもこうにも終わったな、という印象が強く、その後の作品は観ていなかったが、ドキュメンタリーなので少し安心し、話題作だったので、とりあえず見ておこうかと思った。
とにかくおじいちゃんたちの元気なこと。この映画は音楽がメインなので、あえて映像に触れるとすれば、全編ソニーのデジカムで撮られていることが特徴かと思う。非常にクリアな映像で、「都市と都市とモードのビデオノート」を撮った人からしたら、当然の選択なのかもしれないが、もったいない。ロビー・ミュラーを使った意味があまりないかも...と思いつつ、織り込まれるハバナの風景に見入る。フィルムで見たかったなぁ。
あまりワールド・ミュージックを聞き慣れていなくても、この映画で充分キューバ音楽が堪能できる。CDだけで聞くより、多分ずっといいだろうと思う。
それにしても、ハバナの海の荒さに驚いた。あれではうかうかすると車ごと波にもっていかれる。レイナルド・アレナスを読んで来て、ハバナの海ってどんな海なんだろうと思っていた。あの悲惨なキューバもまた事実で、この明るいキューバもまた事実なのだろう。

2001年5月20日

苺とチョコレート

■著者:セネル・パス著,野谷文昭訳
■書誌事項:集英社 1994.10.10 SIBN4-08-773207-X 1300円
■感想:
「野谷文昭」で検索したら出てきたから買った。それだけのことなんだけど、読んでみたら、これは「蜘蛛女のキス」の軽い版って感じ。字も大きいし、短いので、気軽に読める。

ゲイの芸術家と共産党青年のプラトニックな友情を描いた作品。政治的ではあるが、おとぎ話風でもある。しかし、どーして、こうゲイってのは優しい人ばかりに見えてしまうんだろうね。実際はそんなことないんだろうけど。
ところで、妙に甘ったるいタイトルだが、これはキューバでは男がイチゴのアイスクリームを頼むのは、ゲイであることをあらわすらしい。一般的に男性はアイスクリームならチョコレート。
マッチョな国だからこそ、ゲイが多いのか。最近キューバのゲイものばかりだな…。好んで読んでるわけじゃないんだけど、当たる確率が高い。


映画情報
「苺とチョコレート」1993 スペイン・メキシコ
製作:ミゲル・メンドーサ
監督:トマス・グティエレス・アレア/ホアン・カルロス・タビオ
脚本:セネル・パス
原作:セネル・パス
撮影:マリオ・ガルシア・ホヤ
音楽:ホセ・マリア・ヴィティエル
出演:ホルヘ・ペルゴリア/ウラディミール・クルス/ミルタ・イバラ/フランシスコ・ガットルノ/ヨエル・アンヘリノ/マリリン・ソラヤ