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2011年3月 3日

ポータブル文学小史/エンリーケ・ビラ=マタス

ポータブル文学小史秘密結社シャンディと聞いてスターンの「トリストラム・シャンディ」をパっと思い浮かぶくらいのことは出来ても、この小説に出てくる登場人物や文学的な概念をすべて理解できるはずがない。でも私にもここに登場する文学史にまつわるイメージや語彙にドキドキすることが出来る。そんな「ポータブル文学小史」は「バートルビーと仲間たち」のエンリーケ・ビラ=マタスの翻訳だ。なんと言っても博覧強記という言葉がぴったりなビラ=マタスのこと、相当深い知識を持つ人しかわからないのではないだろうか?

私にわかるキーワードは、例えば、ジョージア・オキーフやポーラ・ネグリが自らを指して言う「宿命の女」(自分で自分のことを宿命の女と呼ぶパターンは見たことがない)や、プラハに行ったとたんに登場するオドラデク(カフカの「父の気がかり」)といったところ。「独身者の機械」もいい言葉だ。デュシャンの友人ミッシェル・カルージュの著書の名だったりする。

登場人物はおおむね同時代人なのだが、突然マリリン・モンローの名があがってきたり、どこからがフィクションでどこからがノンフィクションなのか、「バートルビー...」同様よくわからない。とりあえず全部フィクションと思っておいて読んでいき、後から本当のことを確認したいと思った。誰か解説書を出して欲しい(他力本願)。最後に出てくる書誌が本当っぽいので、きっと全部読み込めばわかるのだろうけれど、とても無理。

つまり、彼は非の打ち所のないシャンディだった。典型的な社交好きの教養人で、個々の特異性を蔑視することなく、国境を越えた国際的な文化を、両大戦間に生まれた美しい理想であった広々とした地平線と大いなる起源を持つ世界を求めていた。(p54)

なるほどね。デジタルグッズの世界では「ポータブル」という言葉はもはや使われなくなっているようだ。それは「携帯する」「持ち運べる」ことがあまりにも当たり前になってしまったからだろうか。「ポータブル」って良い意味での軽さが感じられて、かつ多少古めかしいところも好きだ。

サイン入り200部限定「特装版ポータブル文学小史」16,800円の豪華版が出るそうだけれど、これは本当に好事家向け。将来価値が出るかもしれない。

著者:エンリーケ・ビラ=マタス著,木村榮一訳
書誌事項:平凡社 2011.2.14 188p ISBN978-4-582-83445-1
原題:Historia abreviada de la literatura portátil, Enrique Vila-Matas, 1985


おまけ:シャンディ名鑑
理解を少しでも深めようと思い、巻末にあったシャンディ名鑑をデジタル化・横書き化してWikiにリンクを貼り、一通り読みました。再読するときはリンクをクリックしながら読めばいいかなと。

アサーニャ,マヌエル(Manuel Azaña)1880~1940年。スペインの政治家。
アポリネール,ギヨーム(Guillaume Apollinaire)1880~1918年。フランスの詩人。
アルトー,アントナン(Antonin Artaud)1896~1948年。フランスの詩人・演劇人。
アルプ,ハンス(Hans Arp)1887~1966年。アルザスの彫刻家・詩人。
アルフォンソ13世(Alfonso XIII) 1886~1931年。スペイン国王。
アルベルティ,ラファエル(Rafael Alberti)1902~99年。スペインの詩人。
アレンズパーグ,ウォルター(Walter Arensberg)1878~1954年。アメリカの美術品蒐集家。
アロンソ,ダマソ((Dámaso Alonso)1898~1990年。スペインの詩人。
アンタイル,ジョージ(George Antheil)1900~59年。アメリカの作曲家。
ヴァグナー,リヒャルト(Richard Wagner) 1811~83年。ドイツの作曲家。
ヴァルザー,ローベルト(Robert Walser)1878~1956年。スイスのドイツ語作家。
ヴァレーズ,エドガー(Edgar Varèse)1883~1965年。アメリカの作曲家。
ヴァレリー,ポール(Paul Valéry)1871~1945年。フランスの詩人・小説家・評論家。
ヴァンセット伯爵夫人(Condesa de Vansept) おそらく架空の人物。
ウィドブロ,ピセンテ(Vicente Huidobro)1893~1948年。チリの詩人。
ヴィルジリオ(Virgilio)おそらく架空の人物。
ウェルズ,H・G(H.G.Wells)1866~1946年。イギリスの小説家・批評家。
ヴェルテル(Werther)ゲーテ『若きヴェルテルの悩み』の主人公。
エヴァリング,ジェルメーヌ(Germaine Everling)生没年不詳。フランシス・ピカビアの重要なパートナーだった女性。
エジソン,トーマス(Thomas Edison)1847~1931年。アメリカの発明家。
エリオット,T・S(T.S. Eliot)1888~1965年。イギリスの詩人。
エルンスト,マックス(Max Ernst)1891~1976年。ドイツで生まれフランスで活躍した画家。
オキーフ,ジョージア(Georgia O'Keeffe)18871 1986年。アメリカの画家・彫刻家。
オレンゴ,カルラ(Carla Orengo)おそらく架空の人物。
カフカ,フランツ(Franz Kafka)1883~1924年。チェコのドイツ語作家。
ガルシーア・ロルカ,フェデリーコ(Federico García Lorca)1898~1936年。スペインの詩人。
カーロス・ウィリアムズ,ウィリアム(William Carlos Williams)1883~1963年。アメリカの詩人・小説家。
ギャツピィ(Gatzby)フィッツジェラルド『偉大なギャツビィ』の主人公。
キャネル,スキップ(Skip Canell)おそらく架空の人物。
クウィントゥス・ウァレリウス(Quintus Valerius)生没年不詳。紀元前239年にローマ帝国の執政官を務めた人物。
クライスト,ハインリッヒ・フォン(Heinrich von Kleist)1777~1811年。ドイツの劇作家。晩年,失意のうちに人妻とヴアンゼー湖畔でピストル自殺した。
クラウス,カール(Karl Kraus)1874~1936年。オーストリアの批評家・詩人・劇作家。
クラーク,エドワード(Edward Clark)1811~82年。ミシンの製造販売で有名なシンガー社の弁護士兼副社長。
グリス,フアン(Juan Gris)1887~1927年。スペインの画家。
クルプスカヤ,ナデジダ(Nadezhda Krupskaya)1869~1939年。ロシアの政治家。レーニンの妻。
クレー,パウル(Paul Klee)1879~1940年。スイスで生まれドイツで活躍した画家。
クローデル,ポール(Paul Claudel)1868~1955年。フランスの劇作家・詩人・外交官。元駐日大使。
クローリー,アレイスター(Aleister Crowley)1875~1947年。イギリスの神秘主義者・魔術師。
クロンベル夕,へルマン(Hermann Kromberg)おそらく架空の人物。
ゲーテ,ヨハン・ヴォルフガング・フォン(Johann Wolfgang von Geothe)1749~1832年。ドイツの作家・政治家。
コクトー,ジャン(Jean Cocteau)1889~1963年。フランスの詩人・芸術家。
ゴーディエ=ブジェスカ,アンリ(Henri Gaudier-Brzeska)1891~1915年 フランスの彫刻家。
コノリー,シリル(Cyril Connolly)1903~74年。イギリスの批評家。
コレット(Colette)1873~1954年。フランスの作家。
ゴンゴラ,ルイス・デ(Luis de Góngora)1561~1627年,スペインの詩人。
ゴンブローヴィッチ,ヴィトルド(Witold Gombrowicz)1904~69年。ポーランドの小説家・劇作家。
サヴィーニオ,アルベルト(Alberto Savinio)1891~1952年。イタリアの作家・画家。
サティ,エリック(Erik Satie)1866~1925年。ブランスの作曲家。
サンドラール,ブレーズ(Blaise Cendrars)1887~1961年。スイス出身のフランス語詩人・小説家。
サンドラール,ミリアム(Miriam Cendrars)プレーズ・サンドラールの娘。父の伝記を書いている。
ジェイムズ,へンリー(Henry James)1843~1916年。アメリカで生まれイギリスで活躍した作家。
シャガール,マルク(Marc Chagal)1887~1985年。ロシアで生まれフランスで活躍した画家。
ジャコメッティ,アルベルト(Alberto Giacometti)1901~66年。スイスで生まれフランスで活躍した彫刻家。
シャトーブリアン,フランソワ=ルネ・ド(rançois-René de Chateaubriand)1768~1848年。フランスの政治家・作家。
シュヴィッタース,クルト(Kurt Schwitters)1887~1948年。ドイツの芸術家。
シュトロハイム,エーリッヒ・フォン(Erich Von Stroheim)1885~1957年。アメリカの映画監督。
シュルツ,ブルーノ(Bruno Schulz)1892~1942年。ポーランドの作家・画家。
ジョイス,ジェイムズ(James Joyce)1882~1941年。アイルランドの小説家。
ショーベンハウアー,アルトゥル(Arthur Schopenhauer)1788~1860年。ドイツの哲学者。
ショーレム,ゲラシム(Gershom Scholem)18971982年。イスラエルの宗教史学者。
ジョンソン,ロパート(Robert Johnson)1911~38年。アメリカのブルースマンと同一人物かどうかは不明。
ズヴェーヴォ,イターロ(Italo Svevo)1861~1928年。イタリアの作家。
スターン,ロレンス(Laurence Sterne)1713~68年。イギリスの作家・牧師。
スレダ,ヤコボ(Jacobo Sureda)1901~35年。スペインの画家・詩人。
ゼニット,ステファン(Stephan Zenith)おそらく架空の人物。
セリーヌ,ルイ=フェルディナン(Louis-Ferdinand Céline)1894~1961年。フランスの作家。
セルナ,ラモン・ゴメス・デ・ラ((Ramón Gómez de la Serna)1888~1963年。スペインの作家。
セルヌーダ,ルイス(Luis Cernuda)1902~63年。スペインの詩人。
タイフォン,アンソニー(Anthony Typhon)おそらく架空の人物。
ダリ,サルパドール(Salvador Dalí)1904~89年。スペインの画家。
チャパス,フアン(Juan Chabás) 1910~54年。スペインの詩人。
ツァラ,トリスタン(Tristan Tzara)1896~1963年。フランスの詩人・ダダイズムの祖。
テイゲ,カレル(Karel Teige)1900~51年。チェコの芸術家・批評家。
ティラナ,エルサ(Elsa Tirana)本文中ではクレオ・メロードのペンネームとされているが,そのような事実はないと思われる→メロード,クレオ・ド
デュシャン,マルセル(Marcel Duchamp,)1887~1968年。フランスの画家。
デ・ラ・メア,ウォルター(Walter De La Mare)1873~1956年。イギリスの詩人・小説家。
ドーマル,ルネ(René Daumal)1908~44年。フランスの詩人・小説家・哲学者。
ドラキュラ伯爵(Drachula)いわずと知れた人物。
ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte)1769~1821年。フランスの軍人・第一帝政の皇帝。
ニーチェ,フリードリッヒ(Friedrich Nietzsche)1844~1900年。ドイツの哲学者。
ネグリ,ポーラ(Pola Negri)1894~1987年。無声映画時代に活躍したポーランド出身の女優。
ネズヴァル,ヴィーチェスラフ(Vitězslav Nezval)1900~58年。チェコの詩人。
パウンド,エズラ(Ezra Pound)1885~1972年。アメリカの詩人・批評家。
パートルビー(Bartlebe)メルヴィルの小説の登場人物。ある日突然筆を折ってしまう作家について用いられることがある。ピラ=マタス『パートルピーと仲間たち』参照。
バリェッホ,セサル(César Vallejo)1892~1938年。ベルーの詩人。
ピエドマ,ハイメ・ヒル・デ(Jaime Gil de Biedma)1929~90年。スペインの詩人・エッセイスト。
ピカピア,フランシス(Francis Picabia)1879~1953年。フランスの詩人・画家。
ビーチ,シルヴィア(Sylvia Beach)1887~1962年。アメリカで生まれフランスで活躍した書店主。
ピム,アーサー・ゴードン(Arthur Gordon Pym)ポーの小説の主人公。
フィッツジェラルド,スコット(Scott Fitzgerald)1896~1940年。アメリカの小説家。
フェルメール,ヨハネス(Johannes Vermeer)1632~75年。オランダの画家。
フェレンツ,サライ(Szalay Ferenc)フェレンツもサライもハンガリーによくある氏名だが,おそらく架空の人物。
プッチーニ,ジャコモ(Giacomo Puccini)1858~1924年。イタリアの作曲家。
プラードス,エミリオ(Emilio Prado)1899~1962年。スペインの詩人。
プラトン(Platon)前227~前347年。古代ギリシャの哲学者。
プランショ,モーリス(Maurice Blancho)1907~2003年。フランスの作家・批評家。
ブルースト,マルセル(Marcel Proust)1871~1922年。フランスの小説家。
ブルトン,アンドレ(André Breton)1896~1966年。フランスの詩人・シュルレアリスムの領袖。
プロッホ,ヘルマン(Hermann Broch)1886~1951年。オーストリアの作家。
ベーカー,ジョセフィン(Josephine Baker)1906~75年。アメリカで生まれフランスで活躍したダンサー・歌手。
ベソア,フェルナンド(Fernando Pessoa)1888~1935年。ポルトガルの詩人。
ベールイ,アンドレイ(Andrei Belyi)1880~1934年。ロシア=ソ連の詩人・小説家。
ベルガミン,ホセ(José Bergamín)1895~1983年。スペインの詩人。
ベルナット夫人(Pernath)おそらく架空の人物。
ベンヤミン,ヴァルター(Walter Benjamin)1892~1940年。ドイツの思想家。
ボカンヘル,ガブリエル(Gabriel Bocángel)1603~58年。スペインの詩人・劇作家。
ボカード,ベルタ(Berra Bocado)おそらく架空の人物。
ボードレール,シャルル(Charles Baudelaire)1811~67年。フランスの詩人。
ホラン,ウラジーミル(Vladimir Holan)1905~80年。チェコの詩人。
ポルヘス,ホルへ・ルイス(Jorge Luis Borges)1899~1986年。アルゼンチンの小説家・詩人。
マイリンク,グスタフ(Gustav Meyrink)1868~1932年。オーストリアの小説家。
マリネッティ,フィリッポ・トンマーゾ(Filippo Tommaso Marinetti)1876~1944年。イタリアの詩人・未来派の創始者。
マルー,リタ(Rita Malú)おそらく架空の人物。
マン,トーマス(Thomas Mann)1875~1955年。ドイツの小説家。
マンデリシュターム,オーシップ(Osip Mandelshtam)1891~1938年。ロシア=ソ連の詩人。
マン・レイ(Man Ray)1890~1976年。アメリカの写真家・画家・彫刻家。
ミショー,アンリ()1899~1984年。ベルギーの詩人・画家。
ムディヴァニ王子(Serge Mdivani)1903~36年。グルジアで生まれ。パリの社交界でグルジアの王子を自称していた。
メルシーナ〔メリュジーヌ〕(Melusine)フランスの民間伝承上の蛇女。ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスター』に登場する絶世の美女。
メロード,クレオ・ド(Cléo de Mérode)1875~1966年。オーストリア出身のバレリーナ。
モーラン,ポール(Paul Morand)1888~1976年。フランスの小説家。
モンロー,マリリン(Marilyn Monroe)1926~62年。アメリカの映画女優。
ラカン,ジャック(Jacques Lacan)1901~81年。フランスの精神分析学者。
ラルボー,ヴァレリー(Valery Larbaud)1881~1957年。フランスの小説家・批評家。
ランボー,アルチュール(Arthur Rimbaud)1854~91年。フランスの詩人。
リウィウス(Livius)前59~後17年。ローマの歴史家。
リゴー,ジャック(Jacques Rigaut)1899~1929年。フランスのダダイスト。
リトパルスキー,ヴェルナー(Werner Litbarski)おそらく架空の人物。
ルーセル,レーモン(Raymond Roussel)1877~1933年。フランスの作家。
ルルス,ライムンドゥス(Raimundus Lullus)1235~1316年。カタルーニャの神秘的哲学者。
レジナ,マヌエル(Manuel Regina)おそらく架空の人物。
レーニン,ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ(Vladimir Il'itch Lenin)1870~1924年。ロシアの革命家・政治学者。
レルガルシュ(Lelgoualch)ルーセル『アフリカの印象』の登場人物。
ローズ・セラヴィ(Rose Sélavy)マルセル・デュシャンの創作した人物。

2009年6月22日

通話/ロベルト・ボラーニョ

ロベルト・ボラーニョ 通話少し読み進めただけで、親しみの持てる作家だとわかる。率直でまわりくどいところがない。スピーディで「だからどうした」的な結末がない。チリの作家、故・ロベルト・ボラーニョの短編集。「通話」「刑事たち」「アン・ムーアの人生」の三部構成で、その中に独立した4~5篇の短編が収められている。

「通話」は表題作を除き作家に関する短篇を集めたもの。「センシニ」は多分、私の感覚ではサッカー選手の「(ネストル・)センシーニ」なんだけれど、アルゼンチンの作家ダニエル・モヤーノがモデルの一人と言われている。そこそこ有名だがアルゼンチン軍事政権下を逃れスペインに亡命、糊口を凌いでいる某作家と主人公が「文学賞で賞金をもらおう」と情報を交換しあうお話。しぶとく、しぶとく、物を書き続ける。

「アンリ・シモン・ルブランス」は時代を遡り、第二次大戦直前からのフランスで活動していた、これも「ぱっとしない」作家の話。文学的にはまったくぱっとしないが、何故かレジスタンス活動で活躍するも、やはり「ぱっとしない」という冴えないお話。

「エンリケ・マルティン」(立ち読み)はまったく才能のない文士で、すぐに詩作を諦めてしまった、かのように見える。この名はおそらくエンリケという名前を借りたのだろう。エンリケ・ビラ=マタスに捧げられている。本書の中のエンリケは全然才能のない三文作家だが、ビラ=マタスは違う。この自伝的なように見せかけた一人称のフィクションで、作家や文学をテーマにしている、という点では「バートルビー...」に共通点があるかもしれない。

「文学の冒険」は嫉妬心から一流作家に対して自作の中でちょっといたずらしたが故に、自ら罠にはまってしまったかのような、これもまた情けない作家の話。

最後の「通話」だけ色合いが違うが、この固まりはどれもこれも「しぶとく書き続ける、ぱっとしない作家」の物語。一連のこの作家たちは、ポラーニョにとって執拗なほど自虐的な自画像なのだろう。だが、不思議とそこに悲壮感はないから、「バカだけど、ずっとやり続けることはえらいな」といった好感がもててしまったりする。現実に近くにこんな奴いたら嫌だけど、こうやって読んでいると、ちょっと悪くない気がしてしまう。

次の「刑事たち」は全体のまとまりとしては「犯罪」とか「歴史の闇」とかいった言葉が共通項かなと思う。「芋虫」の冒頭の一文"ストローハットにバリ煙草をくわえた姿は、まるで白い芋虫だった"は、最初「?」だったが、白いスーツを着ているんだろうなと想像したが、では何故「白いスーツ」が抜けてるのか。自分でも何故「スーツ」だと思ったかというと、やはりそれは「ストローハット」という言葉から連想しているので、それでいいのか、というところに落ち着く。この作品はかなりボラーニョの若い頃の姿が反映されているそうだ。

次の「雪」だが、こちらに立ち読みが。アジェンデ政権崩壊時に父親が共産党幹部だったためロシアに亡命してロシアの闇社会で生き、ボスの女と駆け落ちしてヨーロッパを彷徨い、バルセロナに落ち着いた男の話。最初の「センシニ」もそうだが、ラテンアメリカの現代を語る上で欠かせない「アルゼンチンの軍事政権」「チリのピノチェト政権」という二つの政治事情がさらりと作品に反映されているが、だからといって何か声高に言うようなところはまるでない。ロシア続きの「ロシア語をもう一つ」はスペイン語の「conõ(クソッ)」がドイツ語の「Kunst(芸術)」に聞こたが故に命拾いした兵士の話。だが、この話のどこが「ロシア語をもう一つ」なんだろう。ファランヘ党とか青い旅団とか、スペイン現代史が少し頭に入っていた良かったと思う。「ウィリアム・バーンズ」はそういう名前の作家ががいたが、まるで関係ない話。そして最後の「刑事たち」はチリで弾圧に加わった警官二人の会話。

「アン・ムーアの人生」は女性群像というべきか。「独房の同志」のソフィアはスペイン人の教師で主人公が一時一緒に暮らした女性。「クララ」は主人公がまだ本当に若い頃恋をして、その後も長い間ずっと連絡を取り合っていた女性。「ジョアンナ・シルヴェストリ」はスペインのポルノ女優がアメリカに撮影に行ったときの話を、おそらくはエイズのために入院している病院で語っている。こういう女性の一人称を書く男性作家、しかもラテンアメリカで、というと、ふとマヌエル・プイグを思い起こす。最後の「アン・ムーア...」は1948年生まれ、1960年代後半のヒッピー文化真っ盛りのバークレーで過ごし、その後のアメリカやメキシコ、ヨーロッパなどを転々とし、男を転々とし、仕事も転々とした、そんな一人の女性の人生を40歳くらいのところまでだが描いている物語。アンは確かに繊細なクララとは違うが、タフとも言い難い。かといっていい加減な女性とも思えないのだが、一言でいうと、落ち着こうとは一つも考えてないでしょ?という人生だ。4人の女性はそれぞれ違うタイプで違う人生だが、みんな大変だなという印象。

ボラーニョに関しては、短篇一編しか読んでいないのに、自分のなかですごく期待度が高かった。前評判が良かったことやアメリカで英訳が売れているといったことも、その理由の一つだ。が、最大の理由は私が新しいラテンアメリカの作家に飢えていた、ということだ。いくら好きでも、いつまでもガボやリョサだけではいい加減飽きる。

『エクス・リブリス』シリーズで予定されている、次の「野生の探偵たち」も早く読みたい。

1.通話 Llamadas telefónicas
センシニ Sensini
アンリ・シモン・ルブランス Henri Simon Leprince
エンリケ・マルティン Enrique Martín
文学の冒険 Una aventura literaria
通話 Llamadas telefónicas

刑事たち Detectives
芋虫 El Gusano
雪 La nieve
ロシア語をもう一つ Otro cuento ruso
ウィリアム・バーンズ William Burns
刑事たち Detectives

アン・ムーアの人生 Vida de Anne Moor
独房の同志 Compañeros de celda
クララ Clara
ジョアンナ・シルヴェストリ Joanna Silvestri
アン・ムーアの人生 Vida de Anne Moor

訳者あとがき

■著者:ロベルト・ボラーニョ著,松本健二訳 ■書誌事項:白水社 2009.6.25 290p ISBN4-560-09003-3/ISBN978-4-560-09003-9 ■原題:Llamadas Telefónicas : Roberto Bolaño

2009年5月 3日

群像 2009年5月号

「特集 海外文学最前線」のスペイン文学は木村榮一先生。ロベルト・ボラーニョの記述があるというので購入した。以下、木村先生のあげられた作家と作品のメモ。

ロベルト・ボラーニョ Roberto Bolano(チリ)1953~2003
「アイススケート場」(1993)「象の道」(1994)、「アメリカのナチ文学」(1996)、「遠い星」(1996)、「野生の探偵たち―Los detectives salvajes」(1998)…もうすぐ刊行、「チリ夜想曲」(2000)、「我慢ならないガウチョ」(2003)

オラシオ・カステジャーノス モヤ Horacio Castellanos Moya(エルサルバドル)1957~
「蛇とのダンス」(1996)、「男の武器」(2001)、「あなた方のいない場所」(2003)、「愚行」(2004)、「吐き気」(2007)

フリオ・リャマサーレス(スペイン) 「狼たちの月」(1985)、「黄色い雨」(1988)・「どこにもない土地の真ん中で」(1995)、「無声映画のシーン」(1994)、「マドリッドの空」(2005)

エンリーケ・ビラ=マタス(スペイン)「ポータブル文学の縮約史」(1985)、「垂直の旅」(1999)、「バートルビーと仲間たち」(2000)、「モンターノの病気」(2002)、「パリは死なない」(2003)、「パサベント博士」(2005)、「気まぐれなメモ帳」(2008)

キム・ムンゾー(スペイン)「86の短篇」(一部「バルセロナ・ストーリーズ」に収録)

サンティアーゴ・バハーレス (スペイン)「「螺旋」の渦」(2004)

ロドリゴ・レイ・ローサ(グアテマラ) 「船の救世主」(1992)、「その時は殺され…」(1997)、「アフリカの海岸」(1999)

セサル・アイラ(アルゼンチン)
ゴンサーロ・セロリオ(メキシコ)
ファン・ピリョーロ(メキシコ)
イグナシオ・パディーリャ(メキシコ)イグナシオ・パディージャ
ホルヘ・ボルピ Jorge Volpi(メキシコ)1968~ 「クリングソルを探して」(ユリイカ 2000年4月号に書評あり)

ボラーニョと言えば、3月に発売予定だった、ボラーニョの「通信」が刊行延期になり心配していたら、無事6月9日に発売されることが決定された。


■書誌事項:群像 2009年5月号(4月7日発売)64(5) 講談社

2008年5月18日

バートルビーと仲間たち

バートルビーと仲間たちバートルビーというタイトルに惹かれて買ってしまったが、なかなか面白かった。最初の方はいわゆる文学エッセイみたいなものかな‥?と思っていた。25年前に小説を上梓したものの、書けなくなってしまった事務員「私」があらためて書く気になったテーマは「書けなくなった作家たちのことを書く」ということだった‥という設定で書かれた小説だった。しかもとても多作で期待されているスペインの現役の作家だった。

内容的にスペイン語圏の知らない作家の名前も多数出てくるが、大物も多いので、比較的平易に感じられる。一つの論旨を堀り下げたりはせず、メモを書き散らすというスタイルをとっているため、様々な作家が様々な理由をつけて書かなくなった話を断続的に次々出してくるだけなので、どんどん読み進めることが出来る。

ルルフォの話が最初の方に出てくる。この人も評価が高いわりに寡作だなーと思っていたら「ペドロ・パラモ」と「燃える平原」だけしか本当に書いていないんだ。どうりで翻訳が他に出てこないわけだ。当たり前だ。

書かなかった人といえばヴィトゲンシュタインの甥の方なんかも、実際何も書いてないけど、有名なんだがな‥。とかふと思ったりもする。
帯にゲーテの名前が出ているけど、本文中に名前は出ているが書けなくなった人の一人として言及されているわけではないんだがな‥とか。カフカなんかの場合、書けなくなったとかではなくて、己の作品を否定したという代表例としては正しい。ヘルダリンなんかも意志として書かなくなったわけではなく、狂気故に書けなくなった代表例だ。しかし、それ以外あまりドイツ語圏の作家が出てこないな‥。フランスやスペイン、イタリア人に比べるとたゆまぬ努力を惜しまない人たちだからかな‥。

ところで、中に出てきて気になった名前は次の二人。ロドルフォ・ウィルコック(Jules Flamart Wilcock 1919-78、アルゼンチン-イタリア)とフリオ・ラモン・リベイロ(Julio Ramon Ribeyro、1929-1994ペルー)。特にリベイロの方は「どこで衝突するかわからないバルガス=リョサにぶつからないようたえず用心しながら執筆していた」というくだりが笑えた。リベイロの方は各種短編集に入っているが、ウィルコックの方は翻訳はない。どこかで読めないものかな。

■著者:エンリーケ・ビラ=マタス著 木村榮一訳
■書誌事項:新潮社 2008.2.29 223p ISBN978-4-10-505771-8/ISBN4-10-505771-5
■原題:Bartleby de Compaña, Enrique Vila-Matas, 2000
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memo
ロドルフォ・ウィルコック(Jules Flamart Wilcock 1919-78、アルゼンチン-イタリア)

フリオ・ラモン・リベイロ(Julio Ramon Ribeyro)
「記章(バツジ)」 La insignia
井尻香代子訳 「エバは猫の中」サンリオ 1987.1.20(サンリオ文庫)/「美しい水死人」福武書店 1995.3.10(福武文庫)

「ジャカランダ」 Los Jacarandas
 井上義一訳「ラテンアメリカ怪談集」河出書房 1990.11.2(河出文庫)

「分身」 Doblaje
 木村榮一訳「遠い女―ラテンアメリカ短篇集 (文学の冒険シリーズ)」国書刊行会 1996.11