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ランプトンは語る

(ポーの一族シリーズ)

初出誌「別冊少女コミック」1975年7月号(50p)1975.5

ポーの一族 第4巻(フラワー・コミックス4)

小学館 1976.1 320円 ISBN4-09-130004-9

萩尾望都作品集 第9巻 ポーの一族 4

小学館 1978.1 480円 ISBN4-09-178009-1

ポーの一族 第3巻

小学館叢書 1988.7 1200円 ISBN4-09-197063-X

ポーの一族 第3巻

小学館文庫 1998.8.10 543円 ISBN4-09-191253-2

萩尾望都パーフェクトセレクション 7 ポーの一族 II

小学館 2007.12.26 1680円 ISBN978-4-09-131220-4

参考:ポーの一族年表
【登場人物】
ジョン・オービン伝承文化の研究者
アーサー・クエントン卿画家。エドガーの肖像画を描いた。
ドン・マーシャルレスターでエドガーとアランに出会う。出版社勤務。
マルグリッド・ヘッセン西ドイツの女流作家。
ルイス・バードマルグリッドの甥。ガブリエル・ギムナジウムでエドガーとアランと同級だった。
ロジャー・エヴァンズオズワルド・オー・エヴァンズの子孫。
シャーロッテ・エヴァンズロジャーの妹。
テオドール・ブロニスルイスの友人で、ガブリエル・ギムナジウムでエドガーとアランと同級だった。血液の研究をしている。
エドガー
アラン
【内容】
1966年7月、イギリスのレスターにあるアーサー・クエントンン卿の館にオービン卿が人々を集めてクエントン卿の絵を見せている。トーマス・ロレンスの「ランプトンの肖像」に模して顔だけ違う絵だ。この館にはこの少年の絵が多数残されていた。
レスターのクエントン館を見つけたのはドン・マーシャル。1950年、まだ学生だったマーシャルは夏の旅行を楽しんでいた。急な雨で飛び込んだ家がクエントン館だった。そこに飾ってランプトンの模写に気付いたマーシャルに不動産屋が絵をくれた。その絵をもってレスター駅で列車に乗り込むと、バラをもった少年二人が乗っていた。彼らが列車を降りるときに、棚にのせていた絵が落ちて少年に怪我をさせてしまう。「大丈夫だ」というが、マーシャルは放ってはおけず急いで彼らの後を追って列車を降りる。血はすぐに乾いたので、国定公園の家の前で二人と別れ駅に戻る。ところが列車はもう今日はないと聞かされ、仕方なく少年たちの家に向かい、一晩泊めてもらってから再び駅に向かう。列車に乗り込んで、ふと昨日レスターでもらった絵を見ると、少年にそっくりだった。あわてて再び列車を降り、少年の家に行くが、すでに二人はいなかった。3年後、マーシャルはこの顛末をまとめた本を同人誌に発表した。
1960年、出版社勤務のマーシャルの元に一冊の本が読者から届く。マルグリッド・ヘッセンの「グレンスミスの日記」というタイトルの小説で、そこに登場するエドガーという少年が自分の出会ったエドガーにそっくりだった。マーシャルは「ランプトン」の絵をもってフランクフルトに渡り、マルグリッドに会う。そこでマルグリッドの甥のルイスに出会い、「エドガー・ポーツネルにそっくり」という言葉に驚愕を覚える。
マーシャルとマルグリッドはルイスから詳しい話を聞き、ガブリエル・ギムナジウムに行って書類を確認し、それらの顛末を「パンパネラ狩り」という本にまとめて出版した。そして二人はロンドンに戻り、結婚した。
この本を見つけたオービン卿はすぐにマーシャルに会いに行き、クエントン卿館を探して購入、絵を見つけ出した。そしてルイスの同級生だったテオ、エドワルド・オー・エヴァンズの子孫であるエヴァンズ家の二人を含め関係者を全員このクエントン館に集め、彼らを狩ろうとしているのだったが…。
【コメント】
ランプトン「ポーの一族」は、ここから新たな局面を迎えます。現代に「ポーの一族」を探す者が現れ、これまでの物語の点と点を結びつけたのです。しかし、オービン卿が単にエドガーを探して人々の証言を集めて回っているだけなら楽しいお遊び的なところもあったのでしょうが、こうやって関係者を集めてエドガーを誘いだそうとまでしてしまったが故に死亡者を出してしまいました。マルグリッドとマーシャルを結びつけるという明るい側面もあったのですが、シャーロッテのことで物語は悲劇的な方向へ向かうことが暗示されているようです。
オービン卿はただエドガーに会いたい一心だったのでしょう。しかし、30年来の執念が、エドガーをひどい妨害に駆り立てた。エドガーはもともと18世紀生まれのパンパネラなので、それなりに血なまぐさいことが平気なのでしょう。というよりは昔の方が信心深い人が多かったため警戒心が強く、用心深かった。実際に彼は信心深い人たちにメリーベルを殺されているのです。
しかしアランと会った後、20世紀に入り、第二次大戦を経て、次第に信仰の強さが薄れて行くにつれ、以前ほどの警戒心はなくなっていったのではないかと推察します。ただ、このようにあからさまに自分の存在を脅かす集会には、本気で全員殺してしまおうと考えたわけではないでしょうが、しっかり脅しをかける必要を感じたのでしょう。それと、自分の肖像画を焼く必要性があったと思います。
クエントン卿はパンパネラなのでまだ存在しています(「エディス」)。それなのに何故エドガーの絵をそのまま売り出し中の館に放置しておいたのでしょう。エドガーにしては油断していたのか、あるいは絵が残っているとは思わなかったのか。クエントン卿は1889年に亡くなったことになっているため、オービン卿が購入する1965年までの間ずっと館が放置されていたとも思えないのですが、イギリスではそんなのんきな時間が流れているのかもしれません。
「ランプトンは語る」の扉絵が「萩尾望都画業40周年記念原画展」で40枚限定の版画になり、その中の1枚が我が家のリビングに飾ってあります。
2010.5.12