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2011

えへん、龍之介/松田奈緒子

えへん、龍之介/松田奈緒子講談社 2011.6.13 (KCデラックス) ISBN978-4-06-376077-4


私はこの著者のスピード感というか、勢いのある物語展開とそれに合った絵柄が好きなのだが、今回のこの「えへん、龍之介」は驚くほどていねいだ。他の作品を雑だと言っているわけではない。ただ、今回は特別ゆったりと濃密に時間が流れているような気がする。人物も風景も物語も、すべてがていねいで、細やかな印象だ。この作品をじっくりと読ませる力は、作者の強い思い入れなのだろうか?20年も暖めてきてようやく日の目を見た作品だそうだから、引き込まれても当然か。

芥川龍之介と言えば、文壇のエリート、若い頃から作家として嘱望され、古典的で美しい作品を書く、日本を代表する作家の一人。この人物を描きたくて描きたくて、仕方がなかったんだろうと思った。龍之介はエリートであることは間違いないのだが、実は苦労人。女にだまされる間抜けな面や、父親としてのダメな面も、友人として気持ちの良い面や育ちの良い面もある。鴎外もそうだったが、この当時、作家と言う進歩的な職業の人ですら、妻というものは家に嫁ぐもので、自分が娶るものではないという意識があり、そしてその方がおおむねうまくいく。ただ、やはり作家なので、女遊びはどうしてもすることになるのだけれど、そのうまい下手があって、芥川龍之介という人は明らかに下手だったようだ。そして、芥川の問いに「幸せだ」と当然のように答える文がいい。

彼が自分の自負心をくすぐられたり、ちょっとあらたまったりする場面で「えへん」とやっているのだが、これがなんともツンデレっぽくて、彼を魅力的に見せる。

しかし、「東北5号」から少し作品のテンポが変わって来たような印象を受ける。ちょっと慣れないが、悪くないと思う。何より、この時代の作品を描くのに、絵柄は合っている。明治・大正時代の着物姿を当時の空気を感じさせるように描ける作家なんだなぁと感じた。


■初出誌
「BE LOVE」2010年第15号~17号、2011年第4号~7号