The Cider House Rules, 1985
「サイダーハウス・ルール」
真野明裕訳 文芸春秋
- 主人公ホーマー・ウェルズは、"望まれざる存在"として生を享けた孤児だが「人の役に立つ存在になれ」というルールを、師のドクター・ラーチに叩きこまれる。ドクター・ラーチはセント・クラウズ孤児院の創始者。赤ん坊を分娩させる(deliver)産科医であり、同時に母親を救う(deliver)堕胎医でもある。堕胎に自分を「役立てる」ことへの反発と、堕胎医として「人の役に立つ」ことの桎梏に引きさかれるホーマーのディレンマが、そのままこの作品の投げかける問いかけとなっている。堕胎を描くことで人間の社会と歴史を捉えた、J・アーヴィングの最新長篇。
上下 1987.9.1,1987.9.15 各1,600円 上:ISBN4-16-309900-X;下:ISBN4-16-309910-7
文春文庫 上下 1996.7.10 各750円 上:ISBN4-16-730964-5;下:ISBN4-16-730965-3
「サイダー・ハウスー・ルール」
2000年6月 131分 アメリカ
- 監督:ラッセ・ハルストレム Lasse Hallstrom
- 製作:リチャード・N・グラッドスタイン Richard N. Gladstein
- 撮影:オリヴァー・ステイプルトン Oliver Stapleton
- 音楽:レイチェル・ポートマン Rachel Portman
- プロダクションデザイン:デヴィッド・グロプマン
- 出演:トビー・マグァイア Tobey Maguire
シャーリーズ・セロン Charlize Theron
マイケル・ケイン Michael Caine
デルロイ・リンドー Delroy Lindo
ポール・ラッド Paul Rudd
キーラン・カルキン Kieran Culkin
シナリオ対訳
藤田真利子,伊東奈美子訳 愛育社
2000.8.10 1,400円 ISBN4-7500-0077-9
- 『サイダーハウス・ルール』の舞台は20世紀前半のメイン州の田舎。物語の主人公である孤児のホーマー・ウェルズは、孤児院の医者ウィルバー・ラーチによって育てられる。ドクター・ラーチはまた、師として、医学に関する知識をホーマーに教え込む。聖人のような優しさに満ちたラーチだが、エーテル常用者という一面もある。やがて、2人は、世間の父と子同様、次第に衝突するようになる。堕胎をめぐる意見の相違が原因で、2人の対立はさらに深まる。その結果、ホーマーは彼が知りえた唯一の家族のもとを去ることになる。新しい生活は、想像以上の興奮をホーマーにもたらし、そしてついに彼は、生まれて初めての恋に落ちる。しかし、人生の方向を変えるであろう決断に迫られた時、ホーマーはようやく、自分の過去から逃れることはできないことに気づく。『サイダーハウス・ルール』が描き出すのは、人生の中で私たちが行なう選択や破られるための規則(ルール)なのである。
- アメリカで中絶が合法化されるには、1970年のいわゆるウーマン・リブの隆盛を待たなければならない。これは先進各国でも似たりよったりの状況で、私は学生時代にドイツの中絶禁止法によってもたらされる悲劇の小説を読んで以来、この問題は胎児が人間かどうか、どこからが人間か、という論争では結論が出ないものだ、という確信をもっている。母親か子供か、誰を生かすか、の問題なのだ。
- しかしホーマーは孤児である。中絶された胎児も子供も望まれない子供である、という点では似ている。そのため中絶を肯定することはとうてい出来ない。ドクター・ラーチが中絶を肯定する立場に陥ったことも理解できる。そういった一見すると込み入ったそれぞれの立場の対比を誰にでもわかりやすく描くのがアーヴィングだ。
- アーヴィングは孤児に読んで聞かせるにもっともふさわしい物語として「大いなる遺産」デビット・コパフィールドの物語を提出する。ディケンズの信望者らしく、わかりやすく骨太でエンターテイメント性あふれる小説を書く。小難しい法律の話をわかりにくく書いているわけではないので、誰にでも安心して勧められる。ちょっとメロドラマの色合いが強いかなという気はするが。
- 「孤児は決まり切った日常の繰り返しを好む」という言葉が繰り返し出てくるが、全体の基調(ムード)は静かなトーンが貫いている。舞台もセント・クラウズの孤児院とオーシャンビュー果樹園の二カ所に限定されているため、移動のめまぐるしさも少ない。その中で時たま登場する「暴力」の力が際だっている。やっぱり愛と暴力の作家だと思う。
- それにしても駅長の死に方は、相変わらずおかしな死に方だ。それはfunnyのおかしさである。これも定番だと思う。が、デビュー作からホテル・ニューハンプシャーとこのサイダーハウス・ルールには大きな断層があるように感じられる。前作でも中絶や強姦といった暴力を扱っているのだが、本作にはようやくウィーンの影(りんご園というところは実はオーストラリア体験の一つなのだが)が感じられなくなり、熊も出てこない。いい加減に飽きてきたアイテムなので、助かった。
(2002.5.14)