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2005年9月12日

闇に問いかける男

闇に問いかける男 ■著者:トマス・H・クック著, 村松潔訳
■書誌事項:文藝春秋 2003.7. ISBN4-16-766140-3
■感想
まだクックの未読本が残っていた。やむを得ずさかのぼって読む。

半日ほどの取調の時間を時系列で追うミステリ。複数の登場人物のそれぞれの動きを追うという手法はここから始まり、「孤独の…」につながるのだとわかる。内容的にはこちらの方がぐんと面白い。ということは以前の作風のクックの方が面白いということになりかねないのだが、面白いのだからしょうがない。オチもすごいし。すごいというか、ひどいよ。だから途中の緻密というか、チクタク音がしているような緊迫感のある描写を楽しむ方が正しい。

登場人物の中で一番関係がわからなかった清掃車の男が、さいごにオチを作るんだが、それが真実なら、まだまし。結果的にはひどい結末なんだが、何が一番ひどいかというと、本当のことを誰も知らないということ。結果的には犯人は死んでいるのだからいいのかもしれないけど、被害者の親にとってみれば犯人の命よりも本当はどうなの?の方が大事だろうなと。まぁ、結局おそらくは犯人が自殺したということに落ち着くのだろうが。

いつもそうなんだが、この人のラストは「えーなんだよー」と怒りすら湧く。でもやめられない。……というのが作風だったので、この作品まではそうだった、ということになるんだろうか。ホントに、この後どこへ行くんだろうな、この人は。

2005年8月26日

孤独な鳥がうたうとき

孤独な鳥がうたうとき■著者:トマス・H・クック著, 村松潔訳
■書誌事項:文藝春秋 2004.11.9 ISBN4-16-323540-X
叙情的なミステリを書いて、言い方は悪いかもしれないが、非常に「文学的」な作品が多い。クック作品では、犯人捜しなぞはどうでもよく、その犯罪に至る心象風景が美しい描写で描かれているわけだ。

というところで評価の高いミステリ作家なのだが、どうも本人も飽きたらしく、違う作風になっていた。面白いと言えば面白い。複数の登場人物がそれぞれ動いて、最後に集結するという筆致法は、特別目新しいものではないかもしれないが、クックがそれをやると、また変な感じなのだ。

やっぱり最後にちゃんとオチがつくところが、クックらしい。

2005年8月16日

七つの丘のある街

七つの丘のある街■著者:トマス・H・クック著, 村松潔訳
■書誌事項:原書房 2003.11 ISBN4-562-03709-1

■感想
夏はミステリーだ!と決めていたのは何年か前までリゾートへ行っていた頃のこと。久しぶりのリゾートに色めき立ち、久しぶりトマス・H.クックなど手にとってみる。ところがこれはノンフィクションだ。書評に「緋色の記憶に連なる…」とあるから、このノンフィクションに基づいて「緋色の記憶」が出来たのかと思って、ドキドキしながら読んでいったら、全然関係ないじゃん。勘違いする方が悪いのか?否。勘違いさせるような書評が悪いんだろう。
「冷血」をはじめ、犯罪ノンフィクション・ノベルは嫌いではないので、それなりに面白かったのだが、犯人がわかってからはともかく、裁判の部分が少し物足りない。もっと検察側と弁護側の攻防があってもいいかなと思う。弁護側の変さが際だつという点では、そこを中心にするのは間違っていないのだが、緊張感が少しゆるんでしまった。実際に攻防なぞはなかったということなのだろう。

2005年7月 6日

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書■書誌事項:翔泳社 2005.5.10 ISBN4-79810657-7

■感想
ものすごい力作のため、読むのに異常に時間がかかってしまった。他の本と平行しつつぼちぼちと読み進めたが、1ヶ月近くかかっているんじゃないか?こちらも適当に飛ばしたりしないで、年表から何からついていねいに読んでしまう。
インターネットの文化史を探るということなのだが、個人サイトの歴史といった趣で、UGを全面に出しているわけではない。
どちらかというと、インターネットの創世記に学生だったわけではないので、最初からビジネスで入ってしまっている私には知らないことの方が圧倒的に多い。しかし、ああ、懐かしいなと思うサイトも多々あり、全然関係ないという気もしない。「ムーノーローカル」とか「Der Angriff」とか好きだったなー。Der Angriff内にあったさーやファンサイトがあったら、ご婚約をどう喜ぶだろうとか余計なことを考えてしまったり。たくさんのサイトを忘れてしまっていたのだが、まだ残っているところもあったりして、驚かされる。
知らず知らずのうちに、自分の通信史を思い起こしたりする。多分89年頃のNifty Serveが最初だろうと思うのだが、これは仕事で必要があって使って覚えたのだ。「まいと~く」の~がイヤだった。
自分個人のPCを買ってパソ通へ入ったのは、もっと後なので、草の根BBSは知らない。fjは多少かじっている、NiftyのHP(ホームパーティ)で萩尾関連古本を探してもらったなぁ、などと懐かしがる。
p395の註27、大塚日記プロジェクトは買収ではない。翔泳社の本は正誤表がネットに載ってるので、一応全部目を通したりして、私はとてもマジメな読者だ。

インターネットをそれなりには楽しんでいるつもりだが、最近あまり見ていないので、つまらんな。

2004年4月12日

RESET―カンバラクニエ作品集

RESET―カンバラクニエ作品集■著者:カンバラクニエ
■書誌事項:リトル・モア 2004.3.18 ISBN4-89815-112-4
■感想
やっとこの人の作品集が出た。ずっと前、ポストカードあさりしてたんだけど、だいたい集まったのでやめた。orange pekoeの1st アルバムまでのシングル含めすべてを担当。本人も関係しているセシルというバンドのジャケットやWill、コンタクトレンズのCM等にも使われている。

なんで好きなのか、よくわからないが、線が太くてカラフルのわりに清楚だから??絵はよくわからない‥語れない‥。でも特定のアーティストのイラスト集を買ったのなんて初めて。とても気に入っている。

2004年2月18日

負け犬の遠吠え

負け犬の遠吠え■著者:酒井順子
■書誌事項:講談社 2003.10. ISBN4-06-212118-2
■感想
2月は何故か話題の本が読みたい月になった。とは言え、1日で読んじゃったんだけど。やっぱりこういうエッセイはコストパフォーマンスはあまりよくないな。
にもかかわらず、めずらしく何故読もうと思ったのか。たまたまインタビューを読んで、やっぱりなんだか変なことを言う人たちがいるんじゃないかと思ったせいだ。で、感想としては


  1. こういうのは読んでから、まともにとりあえずは書いた通りに受け止めてから論争しましょう。あまりに勘違いしている人が多いので、その点は予想通り。つまり本著の大前提に対して文句を言うことはおかしい。これは単に「どんなに美人で仕事ができても、30代以上・未婚・子ナシは「女の負け犬」なのです」という前提に立ってみたら?というエッセイにすぎない。
  2. これは世の中、間違っているか正しいかは別にして強引にclassificationすることによって見えてくるものはあるもんだな、という一例。
  3. 結構笑えるところが多い。20代、30代の女の人なら誰でも何かしら共感なり反発なりがあるんじゃないのかな?だからと言ってみんな読んだ方が良いとは言わないけど。

追加したいことが1点だけ。今の30代の母親の世代、50代〜60代の女性が「負け犬」を育んでいると言っても過言でないと私は思う。戦争は直接知らないか子供の頃だったので強烈に影響を受けてない人も結構いて(父親を戦争で亡くして戦後の子供時代に苦労している人もいるが)、その上の世代、つまり今の30代の祖母の世代ほどは苦労していない。嫁姑問題や介護も苦労している人が圧倒的なわけじゃなく、逃れられている人もいる。というか「家付きババ抜き」などと言ってた世代じゃないかと思う。結構安易に就職できたし、安易に見合い結婚もできたし、当たり前のように子供を産んだ。でも亭主は家庭を顧みないし、なんだかつまらないわー。自分の娘にはこんな思いをさせたくない。だからちゃんと大学も行ってちゃんと自立できるよう、仕事が出来るようにさせたい。とかいう妙な「負け」感があったりする。
そのくせ、元々自分たちは「勝ち犬」なのである。世間一般の「世論」の後押しをして、「30代独身女は所詮は負け犬」と言わせてしまうような空気を作っているのもこの世代の一翼なのだ。「仕事はちゃんと持て」「でも結婚もしろ」というなんだか勝手な世代じゃないのかな。まぁ間違ってはいないんだけどね‥そうそう思うようには行かないので、孫をGetできない50代〜60代も多いわけだ。なんてったって、2000年の国勢調査によると、東京都23区内の30代後半女性の未婚率は22%だそうだ。全国でも16%とかだったと思う。これでもう、みんな安心しちゃったりするんだよね(笑)。
まぁ、世の中全般の傾向なんて、私はコラムニストでもないので、どうでもいいんだけどね。

13歳のハローワーク

13歳のハローワーク■著者:村上龍
■書誌事項:幻冬舎 2003.11.30 2,600円 ISBN4-344-00429-9
■感想
B5、ハードカバー、425ページの大著である。1ページ目から最後のページまで、すべての項目とエッセイを姿勢を正して読んだ。こつこつと少しずつだったので、ものすごく時間がかかった。何故そんなことをわざわざ‥と思われるかもしれないが、それを話し出すと長くなる。
村上龍が私のハートを唐突に鷲掴みしたのはこれが2度目だ。1度目は「69(シックスティナイン)」だった。佐世保の高校生時代の自分の話を元にした自伝的な小説が単純に面白かった、というのもあるのだけど、あとがきの「笑い続けるために戦い続ける」という言葉が「楽しく生きる努力をしないということは罪悪だ」というように受け止められ、私には一種の座右の銘みたいなものになった。中学生の頃「限りなく透明に近いブルー」「コインロッカー・ベイビーズ」なんて読んじゃったものだから、いくらなんでも少々早すぎたらしく、その影響もあって小説はどうも読む気にならないし、サッカーなんかのエッセイもそれほど面白いとは思わないんだけどね。
じゃあ今回のこの「13歳のハローワーク」が何故?ということなんだけど、小学校に上がった頃まで話はさかのぼる。社会科とかで「消防士さんの仕事場」とか「パン工場で働く」とか、そういうのをやっていた頃、普段家にいないとき、父親は仕事をしていると母親は言うんだけど、じゃあその「仕事」ってどんなところでどんなことをしているんだろうと思った。で、父親に頼んで仕事場に連れて行ってもらった。さすがに日曜日だったと思うんだけど、ものすごく広い場所にたくさん机があって、少しだけ休日出勤している人がいて‥というような光景をぼんやり覚えている。「職業」というものを初めて意識したのが、その時だったと思う。
小学校高学年、中学、高校へと進んで行くにつれ、当然将来何になるんだろうと考える。まぁ、いろんなものになってみたかった。小学校のときは栗本薫とかのせいかなぁ。芸能プロダクションの敏腕マネージャーになってみたかったが、非常に体力が要るようなのであきらめた。高校に入ってからは音響関係に行きたかったが、まずはローダーみたいなのは体力がないので絶対無理、それからスタジオ・ミキサーみたいのは、物理の音響学ができなくて、全然ダメというようにあっさり挫折している(笑)。>
女なので、良い大学に行って良い会社に入って‥というようなプレッシャーはまったくなかったが、後で少し触れるが、「女だからと言ってきちんと自立できるだけの仕事をもたないとダメ」というような圧力は小さい頃からずっと母親から受けていた。けれど、どうしたらいいのかは本当はよくわかっていなかったように思う。
高校へ行って「大学は就職するための切符を手に入れるためのものではなく、学問をおさめに行くところだ」「同様に高校は大学の予備校ではない」という思想が蔓延しているようなところだったので、進学と就職は一致しなかった。が、よく考えてみると、ほとんどの人が就職するのに、「就職」=「仕事とは?」を教えられる機会がまったくないのはおかしいとも思っていた。
だから大学へ行くとみんなアルバイトをした。もちろん単なる生活手段やお小遣い稼ぎの人も多かったが、将来を考えてアルバイト先を探すような抜け目ない先輩なんかももちろんいた。
幸いにも私は大学4年のときに偶然、少し変わってはいるものの「自分でも出来るかも」「結構好きかも」「向いてるかも」と思えるようなことに出会った。実際苦労はしたものの、仕事内容そのものは向いていたのでラッキーだったなと思う。そんな中で社会人になってずいぶん経ってから教師に「転職」した先輩が同じ会社にいた。「ああ、こういう人が先生にいたらな」とつくづく思った。中学や高校の教師は最低3年他の職業に就いてからじゃないとなれない、とかあった方が良いと思う。
教師は世間のことを知らない。親は自分の業界しか知らない。OB、OGも同様。たまたまOGやOBがいればまだ良いが、まったく知らない世界などは就職活動中に面接官に実際の話を聞くしかない。そんな状況の中でどうやって自分に向いているものを探せというのか?という疑問がずっと残っていた。ずいぶんとそれから年月が経つが、こういうことを書こうと思う人がいた、それも結構有名な作家だった。「入社」ではなく「職」につくのが「就職」だということは、少しまともに社会人をすればわかることなのだが、当時はわからない学生が多かった。「中学1年生が職業について知りたいと思ったとき」「好きなことを職業にするためには」という本著の視点の置き方に大きく共感するところがあるだろうと思ったから読んだのだ。実際すばらしい出来だと私は思う。だからこそ、売れるのは何故だろうという気もするが、非常に当たり前に需要があったから、ということなのだろう。特に最後の方のSpecial Chapter以降は大人が読むべき内容だと思う。、あたNPOについては、以前から思うところあったのだが、それはまた別の機会に入門書を読んでからにしたいと思う。
今は「就職」という考え方が「不況」のせいではなく、過去と決定的に違うので、若い人たちは苦労は多いだろうと思うが、非常に真面目に仕事というものに取り組んでいると思う。本当に真面目な子が多いし、仕事に対して真摯なので驚かされる。が、よく考えてみると本来はあたり前のことなんだろうな、とも思う。
それにつけても「インターネット概観」が未だにJoiなのはどうなのよ。嫌いなわけではないけど、他に語る人いても良さそうなものなんだけどね(笑)。

2003年11月22日

バーバーハーバー 第4巻

バーバーハーバー 4■著者:小池田マヤ
■書誌事項:講談社 2003.11.20 ISBN4-06-337533-1
■感想
2003年6月。生まれて○年、私は初めて大阪に足を踏み入れた。サッカーを見るため、長居競技場に行くという目的があったからだ。
…というくらいホント大阪には縁がなくて。ビジネスで所用が頻繁にありますとかないし、友達が住んでるとかもなかったし。わざわざ観光しに行こうとか、おいしいものを食べようとか思わなかったし。
そういや長野や八ヶ岳方面にスキーに行くと関西系の人が大勢いて、あまりマナーがよろしくなかったという偏見はある。あとウェアが派手だった。そのくらいなもんだな。でも関西系というだけで大阪とは限らないし。
知り合いはどうかというと、大学1年のときに4年生で1人いたくらいで、4年と1年だからあまり話したこともないし、あのガッコ関西出身者はいても大阪出身者はあまりいなかったって感じだし。社会人になってからしばらくの間も似たようなもんだったな。京都・奈良・滋賀方面はいるんだけど。で、この5年くらいは結構見かけるんだけど、もうトシ随分食ってるから、東京ナイズされててイントネーションに残ってるだけだったりするんで、あまりどうということもなかった。ただ、あの「ケチというか節制?」を美徳とする文化と「宵越しの銭はもたねーぜ」の文化の異文化コミュニケーションは面白かったなー。
そんなこんなで、大阪には縁がない、というよりは偏見の多かった私ですが、最近どうも「ボケとツッコミ」じゃない、漫才とは違う、「ぼ〜んやりした大阪弁」がかわいく思える、ということを言いたかっただけです。下手だからさ、しゃべらないけど、なんとなくこっちの方がニュアンスを上手く伝えられそうなことあるんだなって、わかりました。

2003年11月 8日

大阪豆ゴハン

大阪豆ゴハン■著者:サラ・イイネス
■書誌事項:講談社漫画文庫 2002.12 ISBN4-06-360447-0
■感想
あまりここでマンガは扱わなかったけど、ぼちぼち。
これは10年ほど前に刊行が開始されたものの絶版になっていた。それを復刊ドットコムで運動し、文庫本で2巻3巻まで刊行されたのだが、どうも売れ行きが芳しくないらしく、4〜6巻の続刊が出ない。そこで再び復刊ドットコムで交渉してもらっているようだ。の〜んびりとした大阪弁だってある、ってことで。お風呂ででものんびり読んでみて下さい。

2001年9月12日

舌の上のプルースト

■著者:木下長宏著
■書誌事項:NTT出版 1996.11.1 ISBN4-87188-629-8
■感想
重い本を読んでいると、次は必然的に軽いものを読みたくなる癖がある。こういう、なんとなく眺めていて買った本、というのがそんな感じ。
マルセル・プルースト「失われた時を求めて」に出てくる、おいしそうな料理について、作品と合わせて紹介する文学エッセイ。うーん…おいしそう。でも、プルーストがグルメだったわけではなく、小さな記憶を頼りに、想像で書いている、というのだから、すごいな。
お料理と同様、作品の舞台のモデルとなった土地についても書かれている。旅とグルメと文学。平凡な題材のように見えるが、相手が「失われた時を求めて」だから、面白いのか。
実は私はまだ「失われたときを求めて」を読んでいない。こういう大長篇は好きなんだけど、学生のときにはまだ訳が出ていなかったからだ。刊行されたときは、これも隠居後の楽しみかな?と思って、とっておいてある。いわゆる「人をぐいぐい引きつける長篇小説」と違うから、という理由もあって、遠目に予定したのも理由の一つではある。少し早めに読みたくなった。
関連書籍:プルーストの食卓―『失われた時を求めて』の味わい:柴田都志子,アンヌ ボレル,アラン サンドランス著 宝島社 1993.5.1 7,573円