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紀行・ノンフィクション

2007年10月30日

マーノ・デ・サントの帰郷

マーノ・デ・サントの帰郷「マーノ・デ・サント」とはManos des santo「神の手」(というか「聖人の手」)、アルゼンチン、サッカーとくれば、マラドーナか?とつい連想してしまうが、これは気骨ある明治男の冒険談。明治43(1911)年、富山湾から密航してチリへ渡り、独力でアンデス越えをしてアルゼンチンはブエノスアイレスに移住した実話。このブエノスアイレスでもボカ地区に住み着いたというのがポイントで、苦労して働いたが、次第に柔道で学んだ東洋医術を生かしてボカのトレーナーになるというお話。どんな怪我でも治すから「神の手」というわけ。まだ東洋医術は向こうまで届いていない時期だったせいか、驚異的な効果を生み出していたのだと思われる。

南米への移住者の苦労話は多く本になっているが、この人の場合は単独で移住したところが大きく異なる。残念ながら、自費出版のようで、誤字が残っていたり、装丁がかなりひどいものだったりするが、内容はなかなか面白い。

やっぱり身体鍛えておかなきゃ、単独アンデス越えは出来ないよ…。メンドーサの街の記述があって、やたらと「サン・マルティン」という名前のついた通り、建物、公園がある、というところでは納得。確かにそうだった。

■著者:晩豊彦著
■書誌事項:文藝書房 2006.1. 201p ISBN4-89477-216-7
■副題:アルゼンチンサッカーに生きたある日本人の物語

2005年1月 4日

チェ・ゲバラふたたび旅へ―第2回AMERICA放浪日記

チェ・ゲバラふたたび旅へ―第2回AMERICA放浪日記■著者:エルネスト・チェ・ゲバラ著,棚橋加奈江訳
■原綴:Otra Vez: El Diario I&eacuite;dito del Segundo Viaje por América Latina (1953-1956) by Ernesto Che Guevara
■書誌事項:現代企画室  2004.11.25 ISBN4-7738-0410-6
■内容
チェ・ゲバラふたたび旅へ―第2回AMERICA放浪日記
写真による証言
付録

■感想
本書及び「チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記」「チェ・ゲバラAMERICA放浪書簡集―ふるさとへ1953~56」と3作合わせて“チェ・ゲバラ キューバ革命参加以前の記録”とでも呼ぼうか。本書は「モーターサイクル南米旅行日記」の続編ともいうべき日記で、グラナードと別れ、マイアミに行って1ヶ月間動けなくなったりしていろいろあったものの、何とかアルゼンチンに戻った後のお話。半年強ほどで学位を取得して、グラナードのところへ行って仕事をするという一応の目的の元に再び旅に出たゲバラの日記及び資料集。「ふるさとへ1953~56」も同一の時期のものだが、こちらは家族にあてた書簡集。本書の資料の中にある書簡と重なる部分が多いため、詳細に比較したわけではないが、まぁ言ってみれば本編だけ読めばいいくらいな感じである。
最初の旅のときと違い、自分で生計を立てるという前提をもちながらの旅である。いずれ帰って学校に戻ろうと考えていたときとはやはり違う。単に「世界が見たい」という熱望だけで動いたときよりは、かなり自覚的に自分の将来を模索しているように見える。
いずれにせよ、出発時点でのゲバラは医者の資格は得たが医者になるつもりはあまりなく、ただ何かをやる上で人の役には立つ技術だろうな、くらいにしか考えてないように見える。それより、南米大陸で行われている不正・不正義をただすという目的のために、自分は何がいつ出来るのかを模索していた時期だと言えるかもしれない。とにかく、目的のためにはいろいろな人にあって、いろいろな話を聞いて勉強しつつ、自分を必要としている場所を探している、といった風情だ。結局メキシコでカストロたちに会うことで時節を得たというか、自分の生きるべき場所を見つけたというか、自分を役立てる革命に出逢えたわけだが、革命の起こりそうな国にやってきて、革命を横目で眺めつつ、あまり好ましからざる外国人ということで退去させられたりしている。横目で眺めつつとは言え渦中にいられたのは勉強には役に立っただろう。生計を立てるために苦労したり、あまり変化のない日々を送ったりもしている。ペルーの活動家と(おそらく)出来ちゃった結婚したりもしているが、すぐに別れたりと、いろいろやってはいる。
あれだけ功あり名のある人なので後世からなんとでも言えるが、当時の人から見たら、単に騒動を探してうろついている不逞の輩以外の何者でもないな。だから最後は革命が成就しある程度安定したキューバを去って、ボリビアに行っちゃったりするんだけど。

結論から言うと、前回の旅よりはおもしろみに欠けるが、ゲバラ研究の資料的価値はあるだろう。私はあまり革命家チェ・ゲバラに興味があるわけではなく旅行記が読みたかったので、予想の範囲ではあったが、少々不満。が、まぁ読んで損はないなぁというくらいの感じだ。

2004年11月20日

トラベリング・ウィズ・ゲバラ

アルベルト・グラナード著,池田律代訳
■書誌事項:学習研究社 2004.10.16 ISBN4-054-02609-5
■原題:Con el Che Sudamerica, Alberto Granado, Editiorial Letras Cubanas. Giudad de la Habana, 1986.

「モーターサイクルダイアリーズ」の原作の片方。ゲバラの書いた「モーターサイクル南米旅行日記」をもう一度読み直し、これと逐一比べながら読んだ。全体的にグラナードの方が読んでいて詳しいし面白い。ゲバラの方も充分面白いのだが、これだけでは映画はあんなにふくらみのあるものにはならなかっただろう。

映画では重要な下記のいくつかの点の記述がない。映画になってからグラナードによって追加されたノンフィクションなのか、それとも脚本によるフィクションなのかはっきりとは判明しないが、私にはどうもフィクションと思われる。
1.チチーナに水着を買って来てと言われて預かった12ドルの件は出てこない
2.チリの鉱山で出会った共産主義者の労働者とその妻は登場する。お金をあげたエピソードはない。
3.エルネストが誕生日に泳いでアマゾン川を渡ったとされる場面。実際には誕生日の日ではなく3日後くらいに本当に渡ったとグラナードの方には記載がある。ワニが泳いでいるような川で、川幅2kmくらいあったようだ。

面白いエピソードはほとんど実際あったようだ。
1.恋人のためにバイクで犬を連れて行ったこと。
2.エルネストが修理工の奥さんに誘われて、でもダンナの目が光っていることに気づいて奥さんがイヤがったが、酔っぱらってその気になったエルネストと押し合いになって、グラナードと二人必死で逃げたシーン。
3.正直者のエルネストはお世話になった博士の本をけなさないではいられない。
4.船の上で娼婦と出会う。イルカのエピソード。でも実際には何もなかったようだ。お金がないからだろう。

でも、ゲバラの方のだけを読むとものすごくあっさりしていて、あんなに面白いエピソードだとは気づかないほどだ。

映画にはないが、チリでボランティアで消防士の仕事を手伝うくだりがある。チリの森林地帯に近く、山火事が頻繁に起こる土地で、実際に火事にあった。犬だか猫を助け出したのがグラナードの本だとエルネストになっているし、エルネストの方だとグラナードとなっている。実際はおそらくエルネストが助け出したのだろう。エルネストは自分だとは書けない性格だったのではないかと想像される。

ゲバラの日記はスペイン語で刊行されたのが1993年、グラナードの方は1978年だ。刊行されたのはゲバラの方が遅いが、グラナードの方はゲバラの死後に「チェに捧ぐ」と書いてあるように、元となった日記に加筆修正して“若き日のゲバラの姿”が随所にちりばめられている。そのせいもあって、内容的にはグラナードの本書の方が詳細だ。ゲバラの方は飛んでいる箇所が少なくない。例えばコロンビアのレティシアでボゴタまでの旅費を稼いだサッカーコーチの話などはゲバラの方には軽くしかふれられていない。

ちなみに、ミジョナリオス・デ・ボゴタにディ・ステファノが所属していたのは確かに1949~1953年で彼らの旅の時期1951年~1952年と一致する。が、レアル・マドリーとの試合があったかどうかは確認できず。しかし、この後ディ・ステファノはレアルに移籍する。これがまたバルサとの確執の火種になっているのだが、まぁそれは関係ないのでおいておいて。

ゲバラの方はタイトルに「モーターサイクル‥」とあるが、バイクで旅が出来たのはアルゼンチン国内だけで、チリに入ったとたんにバイクが完全に壊れてしまい、あとは徒歩やヒッチハイク、密航、筏などの方法をとって旅をする。これが現地の人たちとのふれあいを増やして更に実りの多い旅にしたことは間違いない。

ゲバラの方の日記では時々母親にあてた書簡が挿入されている。ひどい喘息持ちでこんな無茶な旅をして、かわいい子には旅をさせろというが、心配だっただろうななどとつい思ってしまう。けれど、映画で見る限り、今でもおそらくは同じ道を辿れば同じような旅が出来るのではないかと思えるほど、自然の風景は変わっていないと思う。グラナードはアマゾンのジャングルに憧れていた節がある。ゲバラの目はどちらかというと、貧しい人々の暮らしぶりの方に真摯に向けられていると感じられる。

旅行記としてはグラナードの書いた本書の方が面白いと思う。ただ、ゲバラの生真面目さも捨てがたい気はするな。

2004年9月 6日

7つの都市の物語―文化は都市をむすぶ

7つの都市の物語■著者:荒このみ編
■書誌事項:NTT出版 2003.3.18 ISBN4-7571-5035-0
■内容
東京―四割のモダン、六割のぬかるみ:松山巌
ハノイ―西欧化と民族文化の創出:川口健一
プラハ―亡命者の交差点:篠塚琢
ローマ―ファシズムの野望、建設という名の破壊:河島英昭
ロンドン―ミステリー小説と大衆文化:小池滋
ブエノスアイレス―ガルデルとボルヘスの町:増田義郎
ニューヨーク―ハーレム文化とプリミティヴィズム/エグゾティシズム:荒このみ

■感想
最近知ったサイトでいいなと思ったのが亞細亞とキネマと旅鴉というところだ。それなりに前からからあるのだと思うが、アジア映画に縁がなく、知らなかった。情報量も膨大だが、整理されて見やすく、全体的にまとまっていて素晴らしい。何故出会ったかというと、「ブエノスアイレス」でひっかかったのだと思う。そのサイトの参考書籍にあった本。そういえば南米の旅行記ばかりで全然都市論の方へは行ってなかったことに思い当たった。ブエノスアイレスは物価が高いため、バックパッカーや貧乏旅行の旅行先としては魅力がないらしく、あまり取り上げられていないのである。
本書は東京外大の講演記録である。何となく堅そうなイメージだが、意外に面白かった。きちんと歴史を追いながら文学史的な基礎を教えてもらった印象である。ブエノスアイレスはイタリア系移民が多いことだけは知っていたが、イギリス人やガリシア人などもいてコスモポリタンな都市だったこと、それがボルヘスのような文学者を産んだベースになっているとのこと。
ブエノスアイレス以外だとロンドン編と東京編が特に面白かった。ロンドン編は1920年代に興隆した英国ミステリはロンドンの発展が背景にあるという話。また、東京編は東京が拡大する歴史を「阿部定」「説教強盗」という犯罪をピックアップしてサンプルとして上げている。
講演集なんて、こんなことでもなければ読まなかっただろうな。
しかし「7つ」っていうのはホントにイヤだ。「七つ」だろうが。と思っていたら、すでにそういう書名の本があったのね。

2004年4月 8日

ビバ!ウルグァイ

ビバ!ウルグァイ■著者:井上忠恕,後藤信男
■書誌事項:STEP 2003.3.25 ISBN4-915834-49-2
■感想
ウルグアイは南米の小国だが、ワールドカップで2度優勝したことのある古豪である。現在でもアルバロ・レコパ、ダリオ・シウバほか多数の選手がセリエAやリーガ・エスパニョーラで活躍している。しかし人口300万人程度の小国のため、あまり日本でも知られていない。ウルグアイ専門の本があるのを見つけて購入したが、サッカーについてはほとんどふれられてないも同然。あまり期待もしていなかったが‥。

ウルグアイのサッカーと言えば、第1回ワールドカップを第一次大戦後の経済力で誘致し、その大会で優勝したのだが、それより大事なのはブラジル大会での優勝であろう。ブラジルの大会でブラジルが優勝できずウルグアイが優勝しているのだ。これが「マラカナンの悲劇」である。それが歴史的事項としてふれられているだけなのに、このサブタイトルはなんだ?

JAICAの人が書いたものだから、エッセイや旅行記というよりは、農業とか生体系などがメインで、若干教条主義的なところがあっても仕方がない。そういう人しか日本とは縁のない国なのだから。しかしそれでもウルグ「ァ」イやアルゼン「ティ」ンという書き方はどうしてなのだろう?現地読みなら「アルヘンティナ」だし、「チレ」になる。わざわざ一般的な日本での表記を変える意味があるのだろうか?装丁もなんだかいかにも「教科書」というか「参考書」くさくて、イヤな感じ。書籍としてはちょっとひどいなと思う。

アルゼンチンと同様ウルグアイも白人の国である。ブラジルは黒人も多いし、ペルーなんかはインディオも、インディオとの混血も多い。それが白人ばかりなのは、インディオを虐殺してしまったからだ、と思っていた。しかし、ペルーのように古代文明が発達していなかったため元々人口が少なかったこと、ブラジルのような手間のかかる大規模プランターが発達したわけではないため黒人奴隷の労働力を必要としなかったことが理由として大きいと、この本を読んで初めて知った。確かにパンパの牧畜にはそれほど人手は必要ないだろう。

プンタ・デル・エステ(ウルグアイ)やマル・デル・プラタ(アルゼンチン)あたりは私も一度は行ってみたいリゾート地だ。

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