最近読んだ本、見た映画・芝居、聞いたCD

2010年8月15日

螺旋 サンティアーゴ・パハーレス

螺旋 サンティアーゴ・パハーレス木村榮一先生の翻訳したものならつまらないはずはないと思い刊行直後に購入したのだが、少し軽めだという書評を見て、良い意味でそれならもったいないから夏のバカンスで読もうと思って積んでおいた作品。

本格ミステリにはほど遠く、文芸作品でもないが、エンターテイメント性の高い良い小説だと思う。版元としては実際微妙だったのかもしれない。だからミステリふうな帯になるのだろう。二転三転というほどのストーリーではないので、あまり誠実な帯文句とは言えないが、売るためには多少仕方あるまい。

話はやはりネタバレしない方が良いのだろうなと思いつつ、トマス・マウドという作家を探す編集者ダビッドのストーリーとマドリーの麻薬中毒患者フランの脱麻薬ストーリーの二本立てで出来ている。結構早い段階でトマス・マウドが誰かわかった。が、結論からいうとそれは正解ではなかったのだが、完全な間違いでもなかった。

最初は秘書エルサのお話と3本立てかと思ったが、エルサの話がフランの物語に吸収されていくので、結局は2本立てになる。私にはダビッドのスラップスティックというより単に間抜けな探偵物語より、フランの脱麻薬の話の方が緊張感があって、いつまた注射してしまうんだろうとハラハラしながら読んだのでよほどおもしろかった。フランの友人のレケーナのITの下っ端で酷使されまくりの話も身近な話だった。少し前に書かれた小説だから若干古い部分はあるが、こんなふうに軽く扱われてしまう若い人は今でもいるのだろう。スペイン人も夜中まで働くんだなぁと妙に感心する。

ダビッドの方は生活を変えるチャンスはあったのにあえてそうせず、レケーナはどうしても生活を変えたくて思い切った行動をし、いずれも求めていたものは得られそうなので、それそれでよかったが、今ひとつ納得いかない点もある。それから、フランがエルサの鞄を奪った件はマルタにちゃんと話したのかどうか、エルサに謝ったのかどうか、書いてなかったような気がする。

ヴィレッジブックスはこれまでも木村先生の訳で現代スペイン文学の「黄色い雨」「狼たちの月」を出版しているが、リャマサーレスの格調高さに比べると、雰囲気はまるで違う。けれど、魅力的な若い作家が出てきているのはよくわかった。パハーレスはポール・オースターが好きというくらいだから、過去のスペイン文学とは違う傾向をもっている。2作目3作目は木村先生の弟子の人とかに訳してもらい、木村先生ご自身はどんどん新しい作家を見つけてください。

■著者:サンティアーゴ・パハーレス著,木村榮一訳
■書誌事項:ヴィレッジブックス 2010.2.27 ISBN4-86332-223-2/ISBN978-4-86332-223-3
■原題:El paso de la hélice, 2004: Santiago Pajares

2009年10月12日

知恵の木 ピオ・バローハ

知恵の木100年以上前のマドリーの様子を知ることに何の意味があるのかというと、やはりあの不思議なスペイン人気質というものをなんとなく実感のあるものにするために…とでも言うべきか。本当は今現在のこういう下町の姿とか、知ることが出来たら良いのになぁと思うのだが。それにしてもスペイン文学とはちょっと思えない、日本やドイツの近代文学くささというか教養文学くささを感じる。知識階級の青年はどうあるべきか、社会に対してどのような態度をとるべきか、というような内省的な内容。社会の不正に対して憤るが、生活もせねばならない。真っ向から悲惨な貧困を目の当たりにしてやられてしまったり、田舎の人々の旧く頑なな精神に触れ、誤解を受けたり、とよくある話だが、まるで明治の文豪の書いたもののようだ。時代としては同じものなので、当然と言えば当然か。

医学生~医者になって直後くらいの時期の若い青年の物語。途中叔父とのだらだらとした会話を挟んで、学生時代と医者になってからの苦労話が語られる。途中、幼い弟に心を砕くところは泣けるが、それ以外はどうにも理屈専攻でちょっと面倒くさい青年だ。最後の方にようやく落ち着いたかと思うと、いきなり急転直下で気の毒。

スペインの田舎から都会に出てきたちょっと知識階級の若い連中はみんなドン・ファンにあこがれ、恋と決闘に明け暮れることを夢見ていたなんて、笑える。そうか。だからみんなあんな感じなんだ、と少々合点がいく。サッカーとか、フランコとか、バスクだカタルーニャだ、その辺が盛り上がる前の段階での旧いスペインのお話だが、彼らの根っこが少しわかったような気がした。

家庭環境や医者として田舎に赴任したところまではピオ・バローハの自伝的要素多数とのこと。が、それ以後はまるで違う、多作なスペイン作家。戦前が中心だけれど、1956年没。

■著者:ピオ・バローハ著, 前田明美訳
■書誌事項:水声社 2009.5.30 331p ISBN4-89176-725-1/ISBN978-4-89176-725-9
■原題:El árbol de la ciencia, Pío Baroja ,1911

2009年9月29日

まぼろしの王都

まぼろしの王都売れたし評価も高いというカタルーニャ文学が翻訳されたら、とりあえず読まなくては。「まぼろしの王都」は18世紀の建築家・アンドレア・ロセッリの「見えないまちの回想記」とそれを翻訳しているバルセロナの画商エミーリ・ロセルの物語がそれぞれ一人称で語られ、交互に出てくる。エブロ河のデルタ地帯にあるサンカルラス・デ・ラ・ラピタという街に過去に建設されたと伝えられる「見えないまち」があるという。エミーリは突然送られてきた回想録を翻訳しながら、幼い頃の記憶をよみがえらせる。スペインのデルタ地方の政治状況、絵のありかを探る話、3人の女性との絡みなど、むしろ現代の方が興味深く、やはり回想録は添え物なように思える。バランスとしては悪くはないが、歴史物が好きな人には若干物足りないかもしれない。

まぁ、要するにカルロス3世がデルタ地帯に作ろうとした都がまぼろしの都になってしまった理由は一人の鈍感な男のせいだという話。チェチーリアがペテルスブルクへ行った後から何故宮廷やサロンを飛び回るようになったのか、このロセッリという鈍い男はよくわかってない。だから現地妻なんか作って、しかもそれをわざわざ知らせている。二人の間が友情だけになったなんて大間抜けにも信じているなんて、本当に馬鹿。夫にもバレたし、もう続けていられないけれど、あなたの夢に力を添えるため、ロビー活動を続けてきたのに、なんてこと、あの絵の意味がわからなかったの?とばかりにチチェーリアは最後に爆発する。そのせいで街の建設は頓挫する。

けれど、一方現代の世界では、回想録をアリアドナの真意を理解し、若い頃の傷を克服して、新しい人生を得ることが出来る。ロセッリの方も夢は破れたが新しい人生を得ることが出来たのも確かだが、エミーリの方が大人だなと思う。ソフィアの策略に乗らなかったりするし。

ともあれ、最後の父親の件は余計な気がする。その後、絵はどうなったのか、アリアドナとの関係は?などの方が知りたかった。

■著者:エミーリ・ロサーレス著,木村裕美訳
■書誌事項:河出書房新社 2009.8.30 338p ISBN4-309-20524-0/ISBN978-4-309-20524-3
■原題:La Ciutat Invisible, Emili Rosales, 2005