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2013年9月30日

盆栽/木々の私生活 アレハンドロ・サンブラ

盆栽/木々の私生活チリの現代作家、アレハンドロ・サンブラの中篇2本を合わせたもの。松本健二先生のブログで時折触れられていたら、刊行されることになったようだ。訳者の言う通り、本当にくどくない。さっぱりしている。私は1980年代後半~1990年代のアメリカのミニマリズムの淡々としたところにうんざりして、ラテンアメリカ文学のくどさに走ったので、少々戸惑うが、これが今のトレンドなのだろう。

中篇2作だが、2本とも最初に結論を見せている。明確にとぼんやりとの違いはあるものの、仕掛けとしてはそうなっている。「盆栽」では冒頭の一文で"最後に彼女は死に、彼はひとり残される"とエミリアの死が明示されているし、「木々の私生活」でも割合早い段階で"ベロニカが絵画教室から戻っていないので、また新しい一日が始まるかも定かではない。彼女が戻るとき、この小説は終わる。"と、ベロニカが帰って来ないであろうことが暗示されている。両作品とも二人の主人公の男性は女性に取り残されてしまうのだ。

しかし、「木々の私生活」の方のフリアンは少し違って、ベロニカの娘が残されるのだ。いや、本当のところはわからない。なぜなら、いきなり話は飛んで、大人になったダニエラがフリアンのことを回想する話になるからだ。これがフリアンの想像なのか、実際にダニエラが動いているのかわからないし、フリアンがこの時点で生きているかどうかさえわからない。

そんなあいまいな物語の骨格をもっているが、文体はとても端的で短く、淡々と進んでいく。両作品とも「盆栽」が登場する。「盆栽」のようなミニマムなものを世話することで、何かを取り戻そうとする男二人の物語とも言えるかもしれない。

両作品とも文学への言及がおもしろい。特に「盆栽」でプルーストを読んだと二人とも嘘をつき、後に実際に読む際には、"それはみんなが感動したところだから"と有名なエピソードは飛ばしているところなどはとてもありがちだ。そして"今度こそプルーストを本当に読んでいる気がする"と言ってしまうあたりが、もう笑ってよいものやら何やら。

また、「木々の私生活」で一度訪ねたアパートの母子が気になり、空き部屋になったその部屋に住めば、またあの二人に会えるかもと考えた主人公が広すぎるのにそのアパートと契約してしまうあたり。友人に"ポール・オースターの小説の読み過ぎ"と突っ込まれて、二度とオースターが読めなくなってしまったというエピソード。これもまた笑えてしまう。ついせんだって自分も人の話に「それはポール・オースターでは?」と言ってしまったばかりだったから。

川端康成「美しさと哀しみと」がオマージュされている。カタカナで「オトコ」って書かれてるから、最初何のことかわからなかった。ガルシア=マルケスも「わが悲しき娼婦たちの思い出」で「眠れる美女」をモチーフにしてたし、ラテンアメリカの人は川端康成好きだな。日本的な繊細さがいいのかな。

軍政時代の記憶が薄れた現代のチリ人がどんな風に生きているのか、参考にはなる。


■書誌事項
著者:アレハンドロ・サンブラ著,松本健二訳
書誌事項:白水社(エクス・リブリス) 2013.9.5 236p ISBN978-4-560-09029-9
原題:Bonsái / La Vida Privada De Lol Árboles, Alejandro Zambra


■目次
盆栽
I 塊
II タンタリア
III 貸したもの
IV 残ったもの
V 二枚の絵

木々の私生活
I 温室
II 冬

訳者あとがき

白水社「盆栽/木々の私生活」