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2013年9月 6日

こうしてお前は彼女にフラれる/ジュノ・ディアス

こうしてお前は彼女にフラれるこの作品の主人公は前作「オスカー・ワオ...」で語り手になっていたオスカーの友人、ドミニカ人のユニオールだ。オタクだけれど、重量挙げをやって筋肉隆々で、オスカーと違ってとてもモテる。だがどうしようもない浮気性だ。

どうやらユニオールの女性の好みは細いこと。そして教師が多い。これはやっぱりミス・ロラの影響なのだろう。お相手は白人なこともあるが、やはりドミニカ人や有色人種が多いようだ。

そして彼に大きな影響を与えているのが兄のラファ。すさまじく持てる男で、彼にとっては憧れだし、友人だし、目の上のたんこぶだった。その兄が病気で亡くなることがユニオールの日々に大きな影を落とす。

なぜユニオールは浮気をするのか。そして、なぜ日記をつけたり、メールを残したりと、浮気がバレるようなことをするのか。それは人と親密な関係になることを恐れるから、と作者は言う。親密な関係になってしまうとそれを失うことが怖くなるから。だから自分から壊すようなことをしてしまう。それは彼が子供の頃から、家族からあまり大事にされていなかったから。言ってみればアダルトチルドレンなのかもしれない。彼は人と親密な関係を作ることが出来る人になれるのだろうか。

太陽と月と星々:Sun, Moon, Stars,
ユニオールは仕事をしているから、充分大人なのだろう。マグダレナは敬虔なカトリックで教師だ。
浮気されたときのタイミングの問題なんだろうが、くどかれて、ようやくその気になり、すっかり盛り上がっているところだと、冷や水を浴びせられたような気になるのか。マグダレナのような教養もあってプライドも高い女性は一度傷ついたプライドはなかなか回復できない。それにつまらない女と浮気されると「あれと同じレベルなんだ」と思い、よけいに傷つく。難しい。

しかし、まだ嫌いになってるわけではないので、一生懸命謝ってきたら仕方がないと思うのだろう。そうやって復活することも多いが、やっぱりダメなんだろうな。うまくいってないときに旅行に行くのは逆効果。自然消滅になる覚悟をもって、距離をおいた方がまだましかもしれない。旅先での悲惨な結末に遭わないだけでもよしとしたほうが賢い。


ニルダ:Nilda
『新潮』2011年11月号で読んだ。ニルダは兄ラファの彼女。ユニオールにとっては兄の最後にまつわる思い出の一つ。実際には違うけれど、ある意味で兄との共有物であった女の子がどん底へ落ちていくに違いないと思い、でもそれには何も手を出す気はない。ニルダの親のこと、まわりの男どものこと、すべてどうにもならないことだという諦め。本人も何をわかっていて何をわかっていないのか、それすらもわからない。哀しい話だ。


アルマ:Alma
アルマはユニオールが社会人になったばかりの頃の恋人で、彼がつきあった3人目のラテン娘。童貞を捧げた女の子とあるが、後の方にミス・ロラが登場するので、これは違う。学生でやはり痩せている。浮気者のユニオールらしい短い作品だが、タイトルにもなった"This Is How You Lose Her"はこの作品の最後の文だ。


もう一つの人生を、もう一度:Otravida, Otravez
突然、語り手が変わる。ニューヨークに住むドミニカ移民で、病院の洗濯場で働き、同国人の不動産屋でそこそこ成功した男と付き合っている女性が語り手になる。おそらくこの男はユニオールの父親なのかなと思う(後書きに正解と書いてあったが、彼は息子を亡くしているので、その辺は微妙)。

移民の生活は孤独で寂しいものだが、東京に高校を卒業して就職した地方出身者と最初の頃はそんなに差がないのかもしれない。大学に進学したところで、友達をつくれない人はいる。無論、そうではないという人も大勢いるだろうとは思うが。彼らが故郷に残してきたものは子供や親だし、たいていは経済的な理由だろうから、単純に比較するのは間違っているとは思うが、ふとそう感じてしまう。


フラカ:Flaca
『すばる』2013年3月号で読んだ。やせた白人の女の子で教師。ユニオールとは大学で知り合い、彼は出版社に務めている。しかし、まだ収入が低いせいか男同士でシェアハウスのようなところに住んでいるような感じがする。


プラの信条:The Pura Principle
「21世紀の世界文学30冊を読む」(2012年5月刊)で読んだ。病気になったラファがメインなので、ユニオールがフラれた話はあまり重要ではない。ハイスクールで白人の女の子のお尻をおいかけて、本命扱いされずに終わる程度。ラファがプラのような子と結婚したのは、もうヤケになっていたのだろうか。ラファの母がプラを気に入らないのもわかるような気がする。彼女は苦労しているせいなのか、人の話を聞いていないというか、自分のことしか考えてないところがあるように思える。


インビエルノ:Invierno
5年前からニュージャージーで働く父親の元へ、ラファとユニオールと母がドミニカからやってくる。二人ともまだ学校に上がる前のことで、子供たちの記憶にはほとんどない、初めて会う父親。子供たちの部屋もそれぞれあるくらいの規模の団地に住めるのは良い環境とも言えるが、知り合いは誰もいないし、雪で閉じこめられ、言葉のわからない母は孤独だ。父親からは外で遊ぶことを禁じられている子供達も同様だが、ユニオールは少しずつその禁を破り、白人の兄妹と初めて知り合う。ユニオールにとてはアメリカとの出会いだ。暖かい地域から雪の降り積もる地域への移動は、どうしても暗さがつきまとう。


ミス・ロラ:Miss Lora
ユニオールの高校の頃のお話。ラファが死んで1年後。パルマという同じ学校の女の子とつきあっているが、パルマは妊娠が怖くてセックスさせてくれない。ミス・ロラは30代独身のドミニカ女性で筋肉質でやせている。体操の選手だったらしい。ミス・ロラのおかげでユニオールは童貞を捨てることが出来た。だが、年齢はおそらく倍ほども違う。未成年だし、日本でやったら虐待か淫行で逮捕されるかもしれない。

その罪の意識からか、彼女はユニオールに大学に行くように勧める。ユニオールの将来をより良いものにすることを考え、自分にしばりつけるようなことは一切言わない。そして、高校を卒業し、しばらく働いたあと、結局ユニオールは大学へ進学する。それはミス・ロラとの別れを意味する。
そして、ユニオールは大学でようやくちゃんとした恋人をつくることが出来る。遠くでユニオールを見守り続けるミス・ロラ。でも、この関係がユニオールに対等な恋人関係をつくることを妨げたのではないかと。おそらく、ラファと関係をもっていたと思われるミス・ロラと付き合うことで、ユニオールは否が応でも兄の後を追って生きなくてはならない運命にあることを予感させる。


浮気者のための恋愛入門:The Cheater's Guide to Love
時間的には一番後のお話。ユニオールは大学に戻り研究職に就いた。場所はボストン。つまり、ハーバードだ。ボストンはこれまでと違い、有色人種への偏見は強い地域となっている。私が昔行った頃はMITとIT系の企業があったから、結構アジア系の住民が暮らしていて住みやすいという話もあったのだが。ラティーノとアジア系は違うのか。

今度フラれた女性は6年も付き合って婚約までした彼女だった。それもとても親密な、家族ぐるみの、いろいろなことを共に乗り越えてきた付き合いだった。その間に50人もと浮気してるなんて、もはやマイケル・ダグラスのように、病気だ。フラれたら、その反動はハンパじゃない。彼女との交際期間中に出来た共通の友達も全てなくすことになる。ニューヨークからボストンへ移動したのは、かえってよいタイミングだったのかもしれない。

それは簡単には立ち直れない。マラソン、ヨガ、仕事、もちろん女の子。いろんなことを試してみる。右へ左へ、サントドミンゴに飛んだり、引っ越ししたり。5年目、で終わりになっているが、果たして立ち直れたのだろうか。時間薬は5年っていうのは、そんな感じだなと思う。女の子は言う。「失恋は時間薬と男薬」。


■書誌事項
著者:ジュノ・ディアズ著,都甲幸治,久保尚美訳
書誌事項:新潮社(新潮クレスト・ブックス) 2013.8.25 236p ISBN978-4-10-590103-5
原題:This Is How You Lose Her, 2012 : Junot Díaz

■内容
ニュージャージーの貧困地区で。ドミニカの海岸で。ボストンの大学町で。叶わぬ愛をめぐる物語が、傷ついた家族や壊れかけた社会の姿をも浮き彫りにする―。浮気男ユニオールと女たちが繰り広げる、おかしくも切ない9つの物語。大ヒット作『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』の著者による最新作。

■目次
太陽と月と星々 Sun, Moon, Stars,
ニルダ Nilda
アルマ Alma
もう一つの人生を、もう一度 Otravida, Otravez
フラカ Flaca
プラの信条 The Pura Principle
インビエルノ Invierno
ミス・ロラ Miss Lora
浮気者のための恋愛入門 The Cheater's Guide to Love