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2013年3月12日

2666/ロベルト・ボラーニョ

誕生日/2666/ロベルト・ボラーニョ読書には体力がいる。体力と言うと少し違うが、読書をする力というものが。読解力という以前の問題で作品を受け止める力というか、読みこなす力というか...。これが年々衰えているような気がする。疲れた。だが、一つ一つの章が一つの小説のように独立していると思えば、納得もできる。この濃密さ。このおもしろさ。それほどまでに五つの章は内容も書き方も違う。

第1章:批評家たちの部
幻のドイツ文学者を追う第一章が一番気に入っている。導入部なので比較的読みやすいのかもしれないが、私自身がドイツ文学が好きだからかもしれない。アルチンボルディという作家はどんな作品を書くのだろうと思いながら読んでいるが思い当たる人物が出てこない。21作も残しているのだから、多作な方だとは思うのだが。仏伊英西というドイツ以外の4ヶ国の四人の研究者がおりなすカルテットがロマンチックで美しい。ここで登場するブービス夫人に要注意。彼等はメキシコのサンタテレサにアルチンボルディが現れたと聞いて探しに出かける。


第2章:アマルフィターノの部
アマルフィターノはサンタテレサに住むチリ人の哲学者。亡命してきたという彼の鬱屈が反映してか、物語も文章も徐々に陰鬱としてくる。その一方、アマルフィターノの妻のロラの行動がおもしろい。ヒッピーっぽい野放図さがあって、ひどいこと、危なっかしいことばかりしているのだが、あまり悪く思えない。


第3章:フェイトの部
物語がかなり混沌として来る。アフリカ系アメリカ人の新聞記者がボクシングの試合の取材をしに来たサンタテレサで、殺人事件が起きていることを知る。ハードボイルドな語調で、ミステリー小説を読んでいるような、緊張感あふれる筆致。かつての黒人の公民権運動に対するシンパシーのようなものも感じられる。


第4章:犯罪の部
1993年以来、メキシコのフアレスという街では700名以上の女性が暴行・殺人にあっており、行方不明者は4000人以上とも言われる。この事態(もはや事件とは言い難い)をモデルにしたこの章はすべてノンフィクションなのかもと思わせるほどの精密さ。名前、年齢、遺体が発見された場所、殺害のされ方が延々と果てしなく続く。この途中で実は一度挫折している。やっぱりきつかった。何がきついって、これらの事件は実際に起こっていることであることを知っている上に、解決される見通しが立っていないからだ。
1ヶ月以上休んで、再開。エルビラ・カンポス(精神病院の院長)、フロリータ・アルマーダ(聖女)、エスキベル・プラタ(下院議員)の話が織り込まれていなかったら、乗り切れなかったに違いない。

シウダード・フアレスにおける殺人事件については、2008年に映画になっており、ジェニファー・ロペスがプロデュースしながら出演している(「ボーダータウン・報道されない殺人者」)。


第5章:アルチンボルディの部
後にアルチンボルディとなる、ハンス・ライターの物語。第二次大戦に徴兵され、ポーランド、フランス、ルーマニアと転戦する中で、あるSF作家の手記を手に入れる。ろくな教育も受けていない、でくのぼうくんだったハンスがどうやって偉大な作家になっていったか、正統派教養小説になってる。ポーランドで収容所に行くはずだったユダヤ人を押しつけられた男が出てくるが、私が読んだ戦時中のドイツ人の所業にあったものとまったく同じ行動に出る。大量殺人を「効率的に処理するにはどうしたらよいか」を考えて実行するのだ。メキシコの砂漠で殺された女性たちもポーランドで生き埋めにされたユダヤ人も、人間として扱われていないのは同じだということに気付かされる。

そして、「おお!ここかぁ!」と思う瞬間がやってきた!嬉しかったなぁ...。


著者:ロベルト・ボラーニョ著,野谷文昭,内田兆史,久野量一訳
書誌事項: 白水社 2012.10.20 868p ISBN978-4-560-09261-3
原題:2666, Robert Bolańo, 2004.


●書評一覧

涯てしない「極上の悪夢」、恐るべき物語(鴻巣友季子) 毎日新聞 2012.11.4

人間の尊厳のない現代の姿(西村英一郎) 産経新聞 2012.11.4

めまいを誘う小説の魔術(佐藤亜紀) 日本経済新聞 2012.11.18

小説を怪物にする死と詩情と俗悪さ(小野正嗣) BOOKS asahi.com 2012.11.18

読む度に新たな発見と解釈(木部与巴仁) Figaro Japon 2012.10.30

『2666』とシウダード・フアレス連続殺人(柳下毅一郎) ブログ 2012.11.28

五つの物語 総体に妙味(杉山晃) 北海道新聞 2013.1.6

世界へとつながる「周縁」(越川芳明) すばる 2013年2月号