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2012年8月 7日

わたしの物語/セサル・アイラ

わたしの物語/セサル・アイラ装幀の鮮やかなピンクの写真はいちごのアイスクリーム。このぬめっとした甘い感じ、美しいとも何とも言えない不思議な印象が、本書の内容に近いと感じる。不思議というか、すごく変な、ねじれた物語だ。読んでいるうちに何度か「あれ?」と前を読み返すハメになる。この本をネタバレなしで説明するのは私の能力では無理だ。

最初に、修道女になるまでの物語と宣言するので少女だという前提で読み進めると、途中で他の人からは少年の扱いとなる。結論を言ってしまうと修道女になんかなれない。そもそも最初からお父さんのことが大好きですと言いながら、優しいところなど見せたことがないという主人公。リアルな自伝のように物語を進めてながら、たくさんの幻想・妄想で満ちていて、どこからどこまでが現実のお話なのか、いやお話なのだから、最初からリアルではないのだ...と区別したがる読み手の頭の中を意図的に混乱させてくれる。

父親の事件、病院での治療と看護師、母親との生活、ラジオドラマ、学校の先生、初めて出来た友達など、小さい子供の成長記としてふさわしい物語の進め方をしながら、すべてにおいてぼんやりとした霞がかかったような、なんとも不思議な出来事を描いていく。例えば近代的な病院なのに看護師の行動がすごく変だし、学校の先生は親に文句を言われて他の生徒にその子の存在を無視するよう促すとか、さすがに変だ。最初に出来たお友達って、ほんわかしたお話のように見せかけて、これもまた変な子だし、なりゆきもまたおかしい。

例えば、1950年代における南米での都会の生活を伝えるのに「ラジオドラマ」は良い材料だと思う。貧しいながらも家庭でのわずかな楽しみとしてよく登場するモチーフだが、主人公の妄想癖を助長するアイテムとして使われていたりして、一筋縄ではいかない。各章一つ一つ「変だ」と思いながら読んでいくが、章末には一応の着地点があって、次に読み進められる。けれど最後にまた大きな「??」が飛び出して来る。おもしろいことは間違いないが、人にどう説明して勧めてよいのか悩む。

本書はセサル・アイラの初翻訳書だそうだ。名前を初めて知ったのは『ユリイカ』2008年3月号、特集・新しい世界文学に載った「悪魔の日記」という一篇の作品でのことだった。映画「ある日、突然」の原作者だった。中編の多い作家だそうだが、2本を1冊くらいにして、また別のものを出してくれたらいいのにと思う。

「新世紀・世界文学ナビ20 セサル・アイラ=ナビゲーター・柳原孝敦」(毎日新聞)

原題:Cómo me hice monja, César Aira. 1993
著者:セサル・アイラ著,柳原孝敦訳
書誌事項:松籟社 2012.7.27 158p ISBN978-4-87984-307-4(創造するラテンアメリカ)