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2008年12月30日

幻影の書

幻影の書アメリカ人の大学教授が妻と子ども二人を飛行機事故でなくす。その喪失感は「何故彼は生きていられるのだろう」というくらいに差し迫ったものとして感じられるように書かれているのだが、こういうところがさすがだなと、最初から恐れ入ってしまう。実際は当たり前のようなことなのだが、そういう「暴力」や「喪失」をあまりにもさらっと書いてしまう作品に何度も出会って来たからだろうと思う。平凡だが重いテーマだからこそ、書いて欲しいものなのだが。

この作品はジマーの喪失と再生の物語であると同時に、ヘクター・マンの生涯の物語である。ジマーが妻子を亡くした後の苦しい状態からヘクター・マンの作品に出会って研究をし本を出す。その後も仕事を通じて何とか生き延びている重苦しい物語が続き、そこへフリーダ・スペリングの手紙がやってきて、アルマ・グルンドが訪ねて来る。ジマーとアルマのまさに生死を賭けたとような激しい場面の後、急激に物語は滑り始める。それがヘクター・マンの贖罪の物語であり、ジマーのメキシコへの旅のストーリーである。そこからまた、ふと立ち止まる瞬間がやってくる。予想されているとは言えヘクター・マンが死に、映画「Inner Life Of Martin Frost」を見るところで、映画をじっくりと見る、という「Innner Life」に入っていく。そこからまたぐっとスピードをあげて、物語の終息へと向かう。このリズム感がどうにもたまらない。

ところで、本作はポール・オースターの2002年の作品である。オースターはあと4作も未訳がある。
・Oracle Night, 2003
・The Brooklyn Follies, 2005
・Travels in the Scriptorium, 2007
・Man in the Dark, 2008
ポール・オースターが好きなのではなく、柴田元幸が訳したポール・オースターが好きなのかも、と思うくらいなので(「シティ・オブ・グラス」を読めば誰でもそんな錯覚に陥るだろう)、上記の作品も是非柴田氏に訳してもらいたい。何度か過去に書いているが、柴田元幸が特別好きなわけではなく、何でも読むというわけではないのだが、この相性は何物にも変えがたい。

また、「Inner Life Of Martin Frost」はオースターの手によって映画化され、DVDにもなっている上、シナリオも出ている。興味はあるが、日本で上映されることはおそらくないだろう。「スモーク」はよかったけど「ルル・オン・ザ・ブリッジ」はどうもパっとしない。この人は監督はしない方が良いと思います。


■著者:ポール・オースター著,柴田元幸訳
■書誌事項:新潮社 2008.10.30 334p ISBN4-10-521712-7/ISBN978-4-10-521712-9
■原題:The Book Of Illusions, 2002 Paul Auster